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日の目を見ざるリズァーラー  作者: MasauOkubo
道具は決して嘘をつかない
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探り合いは、数多の虚偽を掻き分けて

 管理局の職員が直接現場へ顔を出したことで、この場に集まった者たちの胸中にはますます不服が募りつつあるようだった。頭を下げ、気を遣わねばならぬ存在が、堂々と前会長の椅子に勝手に座っているのだから。


 とはいえ、その不服を直接的に管理局へ示してしまっては命がない。彼らが感情のはけ口を自分達より下の存在に見出すことは必然であり、現に今、ベスタとハリコは周囲から浅からぬ憎悪を込めた視線が突き刺さってくるのを感じていた。


「ウゥ……。」


「落ち着いて、ハリコ。少なくとも今は、この人たちの無念さを晴らす側の立場に私たちはいる。」


 警戒の唸り声を上げるハリコをなだめつつ、ベスタはこちらへ近づいてくるひときわ大柄な男へと視線を向ける。


 殺害された前会長に成り代わり、新たにこの廃棄物処理エリアの住民会のトップとなったこの男は、付き従う取り巻きと比べて冷静さを保っているようにも見えた。


 彼は先ほどまでと変わらぬ落ち着いた口調で、ベスタたちへと語り掛けてくる。


「お前らは、処刑すべき対象について、ちゃんと分かっているのか?俺たちは、ただ前会長が殺害された、と管理局へ通報しただけだ。十分な情報がわたっているとは思えない。」


 自分たちのリーダーを務めていた男の仇を討たんと気を逸らせることもなく、現状の整理を優先する姿勢は、この居住区に混乱を広げることなく新たな会長の座についた男らしい周到さであった。


 ただの廃棄物処理エリアの住民だと甘く見ていては、こちらが不利な立場へと陥らせられかねない。ベスタもまた慎重に言葉を選びながら答えた。


「私たちは、現地に向かってリズァーラーを追跡・処刑するように、とだけ指示を受けております。住民会会長さんを殺害したリズァーラーを一刻も早く捕縛し、処刑できるよう、皆様の協力を期待いたします。」


 極力、この場に集まっている人間たちを刺激しないような声色をベスタは心がけたつもりであった。が、リズァーラーに対して募っていた憎悪は、想像以上に彼らの気を尖らせていたらしい。


 この場を取り巻いて見ていた住民の中から、しゃがれた罵声が上がる。見れば、顔に刻まれた皺に禿げ上がった頭も相まって、随分と老け込んだ姿の住民が目を吊り上げながらズカズカと向かって来ていた。


「協力、協力だと!?こちとらリズァーラーに俺たちの親分を殺られてんだぞ、なんでそのうえリズァーラーに協力なんざしなきゃならねぇんだ!」


「落ち着けよ、爺さん。俺たちで追跡できる相手なら、とっくに自力で捕まえてる。それが出来ないから、管理局のリズァーラーに頼った。」


 金切り声を上げながら向かってくる老けた男を前に、ベスタとハリコは思わず距離を取ったが、新たに会長となった男の太腕は闖入者の進行を難なく食い止めていた。


 片手で胸元を抑えられ、動きを止められながらも、なお老け顔の男はわめき立てている。


「偉そうにしやがって!こっちは必死こいて働いて、死にかけながら食いつないでんだ!食う必要もないリズァーラーどもが、しゃしゃり出て来んじゃねぇ!」


「いいから、頭を冷やしてこい……おい、この爺さんを連れていけ。」


 下された指示に対し、屈強な護衛たちが迅速に動く。まるで収まる様子のない怒りを撒き散らしている老け男の身体は軽々と抱えられて、自然と道を空けた野次馬たちの中を遠ざかっていった。


 新たに会長となった男が、管理局所属リズァーラーたちに対して協力する姿勢を見せたのは悪いことではなかったが、ベスタは警戒を解かなかった。


 敵意を剥きだした人間を制し、翻って協力的な態度を示す様は、こちらを油断させる策として十分に用意し得るものだったためだ。


「すまない、だが俺たちの仲間も気が立っている。現地での情報が欲しいなら、教えられる限りのことは伝える。犯行に及んだリズァーラーをすみやかに特定し、処刑を実行してもらいたい。」


「了解しております、まずは犯行が行われた現場を見せていただけますか?何か、痕跡を残していれば、追跡に用いることが出来るかもしれません。」


 先ほどまでとずっと変わらぬ落ち着いた口調で喋り続ける男に対し、ベスタもまた抑揚に乏しい語調で返す。


 冷静に会話を続ける両名と、敵意を隠しもせず睨み付けてくる周囲の人間たちに挟まれ、ハリコは自らの置かれた状況を把握しきれぬ様子でキョロキョロするばかりであった。


 ベスタからの要請を受け、住民会の新会長は集会所の中へとリズァーラーたちを招き入れる。


「この中だ。前会長は、あの席……ちょうど今、管理局職員の方が座っておられる椅子に腰かけ、事務作業を続けていた。」


 殺風景な部屋の中、長机に並んだ椅子の中でも、ひときわ大きく背もたれの付いた席に、先ほど集会所内へと入っていった管理局職員が暇そうに腰掛けてあくびしていた。彼の背後に、警備兵が置物のごとく直立不動の姿を崩していない。


 住民会会長が殺害された時は、以前ここを訪れた時と同様に、あの席に座っていたのだろう。壁面に近づいて見れば、飛沫となった流血が点々と黒ずんだ血痕になって残っていた。


「殺害はどのように行われたんですか?」


「一瞬の動作だった。この会議机の上に飛び乗り、一気に駆け寄って前会長の喉元、そして腹へ深々と刃物を突き立てたんだ。前会長は声も上げられなかった……的確に喉を切り裂かれ、とめどなく流れ出る血でゴボゴボと溺れるような音が出るばかりだった。」


 人間の身体能力に拮抗し、更に刃物を用いての殺害。ベスタの中には、薄々ながら殺害に及んだリズァーラーの候補が浮かびつつあった。


 とはいえ、そのリズァーラーが、何故今になって廃棄物処理エリアの住民会へ乗り込んできたのか、動機が不明瞭であることに変わりは無かったが。


「その後、皆さんはどのように対処されたのですか?」


「前会長のすぐ近くに居た者は、すぐに駆け寄って更なる攻撃から庇うように抱きかかえた。あの状態では、既に手の施しようが無かったが。他の者は、襲撃を行ったリズァーラーを取り押さえるために飛び掛かったが、奴の動きには間に合わなかった。前会長を殺害したリズァーラーは凄まじい勢いで集会所を飛び出し、逃走した。」


 ベスタは小さく頷きながら聞いていたが、既に違和感ははっきりとした形で浮かんできていた。


 リズァーラーが会長を即座に襲撃できる位置にまで来ていたということは、敵対の意思を隠して建物内へと招き入れられていたはずである。この集会所は常に屈強な護衛たちが取り巻いているのだから、外部から無理やり押し入ることは不可能だ。


 また、いかに運動機能に長けていても、所詮リズァーラーは鍛えた人間程度の身体能力しか有さない。刃物を前会長に突き立て、引き抜くまでの動作がある以上、殺害の実行中に取り押さえることは決して困難ではなかっただろう。


 そもそも、リズァーラーを外部から集会所内に招き入れている以上、出入り口を塞ぐように立つ護衛たちもいたはずだ。逃亡を許したことは、不自然極まりない結末であった。


「……逃亡したリズァーラーは、どこへ?」


「あぁ、すぐに追っていった結果、奴が逃げ込んだ排水管は分かっている。ついて来い。」


 現場の検証が行われている間、管理局職員は任務が達成される瞬間以外に興味はないとばかりに、会長の椅子に腰かけたまま大あくびを繰り返すばかりだった。


 ベスタとハリコを連れ、新会長の男は居住区のはずれへと来る。彼が示した先には、確かにリズァーラーたちが移動経路として用いる排水管の出口が一つあった。


「ここだ。当然のことだが、排水管の中には照明などない、新鮮な空気の供給もない。人間がこの先を捜索することは困難だ。」


「えぇ、視界も利かず、酸素も行きわたらない環境で、会長さんを殺害したリズァーラーを捜すのは危険です。」


「だからお前たちリズァーラーに捜索を頼みたいんだ。さぁ、この排水管の先へ向かい、前会長の仇となるリズァーラーを見つけ出してきてくれ。」


 目の前の男が、殺害された人物を頑なに"前"会長とのみ呼ぶことについても、ベスタはどこか引っ掛かるものを感じていた。


 が、それ以上に、現状においては指摘せざるを得ない不自然さが浮かんできていた。


「排水管は地下都市のあらゆる居住区を繋ぎ、上層街など一部を除いたすべてのエリアへとアクセスできる移動経路です。この排水管へと逃げ込んだことだけは分かっていたとしても、犯行に及んだリズァーラーは既に遠方へと逃げ去っている可能性が高いでしょう。」


 すなわち、逃走経路の特定が、既に処刑対象の位置の特定には役に立たなくなっているということである。カビや汚水にまみれた排水管では、痕跡を辿ることなどほとんど考えられない。


 普段から排水管を通っているリズァーラーではないにせよ、逃げ出したリズァーラーがどこか遠くへと去ることなく、律儀にすぐ近くで身を潜めていると考えること自体が不自然である。


 にもかかわらず、特定すべきリズァーラーの在り処をほぼ確信しているかのごとく、ベスタたちへ示す男の振る舞いはなおのこと奇妙であった。


「せめて排水管の入り口を塞いでおくか、あるいはそもそも集会所の出入り口を予め封鎖しておけば、逃亡を許すことはなかったはずですが……こうなってしまっては、捜索範囲は地下都市全体へ広がります。追跡は、更に時間がかかるでしょう。」


 ベスタの言葉に、初めて新会長の表情に僅かな変化が見られた。眉根に小さく皺が寄り、彼の顔は僅かに曇ったのだ。


 追跡および処刑に時間がかかるということは、あの管理局職員の男は住民会の集会所へ居座り続けるということだ。追い出すわけにはいかず、下手をすれば、食事などの面倒を見る羽目になるかもしれない。


 男は、口の中に用意した言葉を喋るべきか少なからず迷っていた様子であったが、やがて重い口を開いた。


「……前会長を殺害したリズァーラーが、遠くへ逃げることはない。奴は、この近辺から離れられない。」


「なぜ、そう確信できるのですか?」


「ついてこい。ただし、管理局のあの職員には伝えるな。お前らは、処刑任務さえ完遂できれば問題ないんだろ。」


 今まで黙ったままただ付いてくるばかりだったハリコの方を、ベスタは振り返る。


 ベスタ自身は既に心が決まっていたし、ハリコはそもそも言葉を喋れない。自分たちの意思が同じであることを示すように、彼らは頷き合った。


「ウン。」


「承知いたしました。円滑な任務遂行のため、これからお伝えいただく内容については他言いたしません。」


 返答を受けて、男は居住区のはずれをしばらく歩いていく。住民の姿もまばらで、売り物にならぬ廃材が転がされている、なかば廃墟となったエリアである。


 往来の少ない区画では、新鮮な空気の供給も満足に行われない。新会長の男と、彼の護衛としてついてくる者たちは度々立ち止まり、胸元に括り付けた作業用空気タンクに口をつけて呼吸を整えていた。


 やがて、錆びだらけの壁に覆われ、打ち捨てられた倉庫の前で一同は足を止めた。軋みながら開く扉を開け、入っていく。


 中では、一体のリズァーラーが椅子に縛り付けられていた。


「このリズァーラーは、前会長を殺害した奴ではない。……その相方として活動していたのを、俺たちが捕えた。」


「……。」


 下瞼と、眼球の上半分が血肉のごとく赤黒く染まり、瞳ばかりが澄んだ瑠璃色を浮かべている、特徴的な外見。それはウィーパであった。


 ベスタは彼の姿を見た時点で、自分の想定していた犯人像が正しかったことを確認した。ウィーパの身柄が捕縛されているということは、犯行に及んだのはキャシーであろう。


 ハリコの方は、このような場所でウィーパと出会う事自体が意外だったらしく、目を丸くして小さく唸り声を上げていた。


「ウゥ……!?」


「奴は前会長を殺害し、逃亡したまではよかったものの、自分の相方の面倒を見る余裕までは無かったのだろうな。コイツは俺たちの手の内にある……おそらく、奴は相方を取り戻す機会を伺っているだろう。」


「……。」


 ウィーパが先ほどから一言も発さず、ベスタとハリコが現れたことに対しても驚きも示さず、いつもの涼やかな視線を向けるばかりであった。


 が、無言の理由は間もなく知れた。ウィーパの喉元にはぱっくりと開く傷跡があった。彼は、声を出せない状態となっていたのだ。そのような事をすればウィーパを尋問する選択肢が潰れてしまうだろうに、処置の必然性については大いに疑問の残るところであった。


 ウィーパの身柄をキャシーが取り戻しに来る予想の割には、この建物を防衛する人員が見当たらないこともまた新たな違和感のもととなっていた。が、ベスタはひとまず表面的にも指摘できる要素について触れることとした。


「最初から、犯行に及んだリズァーラーをこちらへおびき寄せる策を提示していただければ、私どもがあてどなく排水管内を探し回る提案よりもよほど現実的な策として受け入れられたのですが。」


「選択肢は多いほどに良いだろう?お前たちの追跡につつきだされるように、満足な下準備もなく奴がここへ飛び込んで来れば、こちらで捕縛できる成功率もあがるというわけだ。」


 確かに、キャシーの性格を鑑みれば、ウィーパの奪還を諦めず、焦った状態で飛び込んでくることは十分にあり得る。


 が、それもまたキャシーの性格を知っているベスタたちであればこそ立て得る予測だった。リズァーラーたちの個々の性格など知る由もない、このエリアの住民たちが、キャシーの行動を予測することはなおさら不自然だった。


 ベスタは、何らかの思惑の漏れが無いかと、目の前の男の表情をじっと見つめた……だが、既に新会長となった男は無表情を取り戻しており、彼は労働者らしく骨ばった顔面に、胸中を覗かせぬ目を埋め込んでじっと見つめ返してくるばかりであった。

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