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日の目を見ざるリズァーラー  作者: MasauOkubo
道具は決して嘘をつかない
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管理の糸は、いかな狭所にも

 地下都市、下層街の居住エリアのなかにおいても、セクター6廃棄物処理エリアと処刑担当リズァーラーたちは何かと縁があるらしい。


 処刑任務、あるいは任務の準備段階も含め、このエリアに来るのは三度目のことであった。ここの住民会会長は管理局に対し協力的であり、処刑担当リズァーラーたちに対しても不愛想とはいえ種々に便宜を図ってくれる存在であったことも、顔を出す頻度が高まる理由であったろう。


 ただ、今回の件で殺害されたのが、その会長である。現地の状況は、以前と比べ様変わりしているものと思われた。


「ここで止まって。」


 リズァーラーにとっての移動経路、排水管の中でベスタは仲間たちに停止を促す。


 廃棄物処理エリアに近づいていけば、いつも聞こえてくる騒音、すなわち投棄物の山から貴重品を引っぱり出す作業の中、ガシャン、ガチャンとぶつかり合うガラクタの音が今もなお響いてくる。


 このまま直進すれば、まもなく排水管の出口は上層からの投棄物が堆積しているエリアに繋がっていたが、今回は不用意に処刑担当リズァーラーが到着した様を現地住民に晒すわけにはいかなかった。


「まず様子を見てこなければ。私についてきて、ハリコ。」


「ウゥ?」


 ハリコは目を丸くして、ベスタへ視線を返す。この任務出発前にマナコが言っていた通り、自分はマナコと常に組んで行動するものと思っていたためだ。


 与えられた命令には基本的に逆らわないマナコも、ハリコと引き離されることについては抗議の声を上げずにいられなかったらしい。


「リコくんには、難しいことなんか分かりませんよぉ、ベスタさん。現地は、いろいろややこしいことになってるんでしょぉ?」


「だからこそ、実際に目で見て確認しておいてもらいたいの。言葉で説明しただけで理解するのは、難しいでしょう。」


「ウ゛ー……ウン。」


 至極もっともなベスタの説明に、ハリコは頷いた。今回はリズァーラーを相手取るだけに、実際に現場で追跡・身柄確保を行うハリコは状況を視覚的に把握しておく必要があった。


 口頭で説明された内容から現場での状況をイメージすることは、むしろヤキバの方が得意としていただろう。マナコはと言えば、万一に備えて真っ暗闇の排水管を移動する案内人として待機しておく必要がある。


 この場にヤキバとマナコを残していくベスタの判断は、確かに妥当なものであった。マナコは頷いているハリコへしばらく視線を注いでいたが、諦めたように目を逸らす。


「分かりましたよぉ、リコくんが帰ってくるまで、ヤキバさんと一緒にここで待ってますねぇ。」


「ベスタ先輩の帰還もちゃんと待ってあげましょうよ、マナコ先輩。」


 マナコとヤキバのそんな掛け合いを背後に聞きつつ、ベスタに伴われてハリコは廃棄物処理エリア内へと向かった。


 足音を忍ばせる必要は無かった。


 常にゴミ山からはガラクタが選別され、投げ捨てられて転げ落ちる音が響き続けていたためだ。すなわち、廃棄物処理の作業は停止することなく、平常運転を続けているということでもある。


「このエリア全体を統括している住民会の会長が殺害されたというのに、目立った混乱の影響も見られないわね。」


「ウゥー。」


「会長が殺害されたというのに……彼の跡を継いで会長となったのがよほど統率力のある人物か、あるいはこうなることを予め想定していたか、どちらかね。」


「ウーン?」


 ベスタがぶつぶつと呟く内容に対し、ハリコは理解そっちのけの相槌だけを返している。ハリコにとっては、結果的に何者を捕えて処刑すれば報酬がもらえるのか、だけが関心事であった。


 その点では、今回の件における報酬には若干の不安があった。人間を処刑するのであれば、その遺体を回収し、砕断することで養分液を得ることが出来る。が、リズァーラーを捕えて処分したところで、その体は栄養源にならない。


 管理局からの指示に忠実であることと、活動に必要な養分液を得ることは、ハリコのように純粋なリズァーラーにとっては密接に関わり合う要素であった。


「ハリコ、身をかがめて。照明器具が乏しい場所だと、人間も薄闇の中で目が慣れてる。」


「ウン。」


 煌々と工業用照明の光が投げかけられている廃棄物処理場を抜け、現地住民たちの住処が密集しているエリアへと両名は近づいていく。住民会の集会所は、その先にあった。


 住民に発見されないよう、ベスタは背を丸めて中腰の状態で移動していたが、ハリコは完全に四足歩行へ移行していた。シェルから移植された両手足は、今や完全にハリコの思いのままに動かせるようになっており、シェルが本来やらなかったはずの四足歩行も滑らかに行えていた。


 ベスタはそんな振る舞いをするハリコをチラと一瞥し、眦に一瞬寂しさの色を走らせ、再び進行方向へ注視を向ける。


「出来れば、住民会に集まっている人間たちの声が聞こえる場所まで行きたい。私たちの到着を待っているはずの彼らが、何を喋り合っているか盗み聞きできれば、今回の件について詳細を知れるはず。」


「ウゥー。」


「あらかじめ言っておくけれど、近づいたら声を上げないようにね、ハリコ。」


「ウン。」


 ベスタは可能な限り照明の光が届かない物陰を選び、徐々に住民会の集会所へと接近していく。


 集会所は単なる合議の場としてのみならず、このコミュニティが得た財の集約場所でもあったため、周囲はぐるりと屈強な護衛役の住民が見張っている。


 そのため、内部でのやり取りを聞き取れる距離まで接近することは困難かと思われたが、人間たちの話し声は思わぬ大きさで周囲に響いていた。


「止まって。」


「ウッ。」


 急に腕を後ろへ突き出してきたベスタの掌で、ハリコは顔面を押されてのけぞりながら移動を止める。


 ベスタが視線を投げかける先、集会所の入り口付近に数名の住民たちが集まっていた。ほとんどは作業員の恰好に身を包んでいたものの、彼らとはまるで異なった雰囲気を纏う一人の男の姿ばかりが、異様に目立っていた。


 きっちりとセットされた髪型に、仕立ての良いスーツ。富裕層特有の姿でありながら、この貧困層が住まう下層へと顔を出すのは、他でもない市民生活管理局の職員であった。彼のすぐ背後には、フルフェイスマスクに全身装甲を付けた警備兵が付き添っている。


 筋骨隆々とした作業員の男たちに向かい、蒼白く面長の顔をした彼は滔々と喋り続けていた。


「それで、キミの主張によれば、そのリズァーラーは唐突に狂暴化し、住民会会長を殺害した、というのだね?」


「はい。奴は言葉も発さず、こちらの制止も聞きませんでした。前会長が殺害された後、奴を俺たちは取り押さえにかかりましたが、相手からの抵抗激しくこのように傷を負ってしまいました。」


「ちゃんと消毒しておきたまえよ、このように不潔な生活環境でキミたちは暮らしているのだから。で、そのリズァーラーは管理局所属の奴ではなかったのだね?仮に管理局からの指示を受け、処刑任務を遂行しに来たリズァーラーを妨害したとなれば、キミたちが処刑対象となるが。」


「滅相もありません、管理局のご意向に逆らうなど。俺たちは、そのリズァーラーに対して身分証の提示を求めました。が、奴は応じませんでした。身分証の確認のため、襲撃への対処が遅れたこと、今でも悔やんでなりません。」


 管理局の職員に対し、代表して応答している男は、これまたひときわ大柄な体格であった。おそらく、以前の住民会会長の側近、あるいはボディガードの一員であったのだろう。


 そして、殺害された前会長になり代わって現在の会長の座についているのも、彼に相違ない。


 彼の言葉を聞きながら、周囲に集まっている作業員たちも深く頷き合っている。中には本当に悔しがるように涙を浮かべ、男泣きしている者も居た。が、現会長となっている男はあくまでも冷静に、管理局職員へと応対し続けていた。


「非業の死を遂げた前会長を失い、一時はこの廃棄物処理エリアも混乱に陥りました。が、現在はどうにか態勢を取りまとめ、稼働を続けている状況です。管理局の御方々には、一切のご迷惑をおかけしないと確約いたします。」


「キミたちの事情など知った事じゃない、我々管理局が問題にしているのはそこじゃない。もう一度聞くが、本当に管理局所属のリズァーラーではなかったのだね?その辺のゴミ山から、管理局の身分証が捨てられてるのを発見でもされれば、どうなるか分かっているだろうな。」


「……会長を襲撃したリズァーラーが、管理局の身分証を示さなかったことについては、間違いありません。」


「ふん、一丁前に言葉を選びやがって。しかし、この地下都市のほぼ全てのリズァーラーは管理局が管轄しているはずだがね。あの役立たず科学者が飼ってる奴が、脱走でもしたか?」


 どこか奥歯にものが挟まったような言い方をする男を相手に、管理局の職員も腑に落ちない様子で腕組みを続けている。


 膠着状態の現場の中、管理局職員の護衛として同行してきた警備兵が、そのフルフェイスマスクの顔を急にベスタが隠れている物陰へと向けた。


「おい、そこに隠れているのは誰だ。」


「おや?ちょっとちょっと、キミ、我々の訪問時には余計な野次馬を寄せ付けないよう、人払いを頼んでおいたはずだが?」


「申し訳ありません、住民の子供かもしれません……おい、お前ら、隠れてる奴をつまみ出せ。」


 管理局職員の言葉を受け、慌てて周囲に指示を出した男に従って、幾名かの屈強な護衛たちが、ベスタとハリコの身を潜める物陰へ近づいてくる。


 ここで逃げ出すのは得策ではなかった。現地住民相手であっても、更には管理局の職員が居る場所ではなおさら、何かしらのやましい振る舞いをしていたと判断されるべきではない。


 背後で四つん這いを続けているハリコを促して立たせ、ベスタはさも普通に歩いてこの場に到着したかのように装って、何食わぬ顔でこの場へと歩み出た。


「お取込み中の訪問、失礼いたします。私たちは、市民生活管理局から派遣されました。セクター6、廃棄物処理エリアの住民会会長殺害の件について、犯行に及んだリズァーラーの追跡及び処刑を任ぜられております。」


「ウゥー。」


 管理局所属の身分証を提示しながら歩いていくベスタの背後で、ハリコも唸り声だけでありながら一応の挨拶を投げかける。


 怪しげな存在を取り押さえる気で近寄ってきていた屈強な男たちは、ベスタとハリコの姿を見て忌々しそうな表情を浮かべた。自分たちが慕っていた前会長を殺害したリズァーラーに対する憤りが募っている今、管理局所属ということで手出しできないリズァーラーの姿を見ることは面白からぬ経験であったろう。


 ただ管理局の職員だけは、歓迎するように笑みを浮かべていた。


「おや、つい先ほど不良リズァーラーに対する処分命令が下されたばかりだというのに、なかなか早いご到着じゃないか。キミたち、ここからは彼らに任せておきたまえ、リズァーラーがリズァーラーを見つけ出して殺す、なかなかの見世物になりそうだぞ。」


「……出来れば、自分たちの手で、前会長を殺害したリズァーラーを処分してやりたいのですが。」


「ダメ、ダメ。この地下都市の不良因子を排除するのは、我々管理局の仕事だ。義憤に駆られた仇討ちなんてクサい振る舞いは謹んでくれたまえ、この地下都市は管理局の秩序で保たれているのだからね。」


 男の進言をすげなく払い除ける管理局の職員を前に、新たに会長職についた男は無言で頭を下げた。


 管理局職員から命令されれば、現地の住民たちもそれに従うだろうが、ベスタとしては歓迎できない状況であった。管理局やリズァーラーに対する悪感情が高まる中では、聞き込みや調査もますます困難になるだろうからだ。


 その厄介な状況は、管理局職員がさらに告げた内容によってますます深まるように思われた。


「私は現地で、状況の収拾を確認するよう言われているんだがね。この辺に、待機するに相応しい場所はないかな?どこを見回してもゴミゴミして陰気臭い、不潔な町に見えるが。」


「……でしたら、住民会の集会所へどうぞ。会長の席は、最も座り心地が良いかと。」


「そうかい、なら、そこで待たせてもらうかな。なにぶん、管理局の管轄から外れて暴れているリズァーラーを野放しにするわけにはいかないんだ。この件が終結した様を見るまで、ゆっくりさせてもらうよ。」


 すなわち、今回の件で人間を殺害したリズァーラーの処刑が行われるまで、この管理局職員、ついでにその護衛の警備兵は、住民会の集会所内に居座り続けるということである。


 警備兵に付き添われ、悠然と歩いて集会所へと入っていく管理局の職員。


 彼の背を見送りながら図らずも、ベスタ、そして新たに会長となった男は、同時に溜息を吐いた。

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