死する前から口は無し
自身の顔写真が載せられた処刑指示書を前に、唖然と口を開けたまま固まっている男。
住民会会長を亡き者とした後、彼に成り代わり、この廃棄物処理エリアで得られる利益を己がものとする。そんな彼の目論見が実現したと思われたのも、ほんの束の間のことであった。
管理局の職員は、周囲の警備兵たちに目で合図をしつつ、目の前の男に語り掛ける。
「あまり野心の強い人間に、各セクターの代表を任せたくはない。そも、この地下都市におけるコミュニティの代表が、現地の意向でコロコロ変わるのも我々管理局としても好ましからざる状況なのでね。」
「違います、管理局職員様、俺は、なにもやっちゃいない……。」
新たに住民会会長となって間もなかった男は、今なおその座から降ろされまいと、そしてこの場で処刑されまいと、自分が無実である証拠を見いだせないかと、焦燥する思考を必死で巡らせているのだろう。
だが、仮にこの場で証言を得られたとしても、それは全て彼の犯行を裏付けるものばかりであった。彼に最も近しい人間たちは、すなわち前会長の殺害を円滑に行うよう手を貸した者たち……いわば共犯者であったためだ。
周囲から続々と集まり距離を詰めてくる、装甲に覆われた警備兵たちの姿に怯んだのか、今まさに罪状を突きつけられている男を庇おうとする者は居ない。
「おい……おい、誰か、何とか言ってくれよ。俺たちは前会長を全力で守ろうとした、だがあのリズァーラーの手で、前会長の命は奪われたんだ、そうだったよな?」
辺りを見回し、助け舟を請う男へと言葉を返す者は居ない。
ここで下手に声を上げ、自分たちに共犯の疑いを懸けられたが最後、それを否定する証拠はやはり何一つ提示できなかったためだ。
「動くな、処刑を受け入れろ。」
周囲の沈黙が続く中で更に絶望的な表情を浮かべている男の両肩に、警備兵たちが手をかけて押さえつけ、跪かせる。
「長引かせたがために、下手に暴れられても面倒だ。おい、処刑担当、そっちの男を先に始末しろ。」
「了解しました。」
管理局職員に促され、ベスタ、そしてハリコは処刑対象へ近づいていく。先んじて捕えられていたキャシーは、一応マナコとヤキバによって取り押さえられていたものの、既に抵抗する体力も意思もない。
ハリコが顔を覆うフードを取り払い、変異した大顎と牙を露わにしたとき、それを目の当たりにした男は俄かに警備兵への反抗を始めた。
「クソッ、離せ、離しやがれ!これは間違いだ、間違ってるんだ!管理局職員様、この処刑は誤った判断のもとに下されている!」
「抵抗するな!」
「標的を押さえつけろ!」
唖然としているうちは警備兵に押さえつけられていた大柄な身体も、ひとたび渾身の力で暴れ始めれば流石の警備兵たちの抑止が利かない。
思い切り肘の一撃を食らった警備兵が後ろへのけぞり、控えの警備兵たちがすぐさま男へ背後から飛び掛かって押さえ込もうとする。が、長年の肉体労働、そして前会長の護衛で鍛えられた体は複数の警備兵の体重を背負ってなお抵抗を続けていた。
「リズァーラーども!俺に近づくんじゃねぇ!」
「ウ゛ゥ゛、グルルゥ゛……!」
「ハリコ、私たちはいったん下がって、警備兵さんたちに任せて。」
ハリコは威嚇するような唸り声をあげ、処刑から逃れようとする男を睨みつけるも、ベスタによって首根っこを掴まれて引き戻される。
今から処刑しようとする相手から怒鳴りつけられた言葉の通り、近づかずにいるハリコとベスタの振る舞いを見て、管理局職員はむしろ満足そうに頷いていた。
「どのような相手であれ、人間からの命令には逆らわないというわけだ。お行儀のよいリズァーラーどもだが、我々管理局からの命令を優先することは忘れていまいね?」
「仰せの通りに、処刑は間違いなく執行いたします、管理局職員様。」
ベスタは職員に対してすかさず返答する。たった今、処刑対象の男から後ずさった行為には、命令云々に因らぬ理由があった。
いかに発達した顎と牙を備えていても、それは十分に抵抗する力のない相手の首筋を噛み裂くためにしか役立たない。身体の鍛え上げられた人間が渾身の力で振り回す腕の一撃でも食らえば、小柄なリズァーラーはしばらく再起不能になるだろう。
地下空間にわんわんと響く怒鳴り声をあげて暴れる男を目の前にしてもなお、管理局職員は涼しい顔で彼へと言葉をかけていた。
「悪いが、キミの処刑を撤回するだけの理由が見いだせない。それとも何か、この状況を逆転し得る証拠を今さらながらに示せるというのか?」
「あぁ、あるとも!聞いてくれ、確かに俺は前会長を殺害させたさ、リズァーラーに!だが、その計画を持ち掛けてきたのは、リズァーラーの方なんだ!」
先ほどまで示していた建前ではいよいよ処刑の回避が不可能と悟った男は、一転してあっさりと前会長の殺害指示を認めた。自棄に陥った彼から告発されぬかと、共犯の者たちは警戒の視線を互いに向け合う。
が、彼が管理局職員へ告げようとしている内容には、もう一段階の建前が存在するらしかった。男は、項垂れたままうずくまっているキャシーを指で示しながら、必死で口を動かしている。
「あのリズァーラーの相方が、俺に提案してきたんだ!邪魔な相手を、自分の手を汚さず消したくないかって……万が一発覚しても、リズァーラーが全て罪を被るから、害は及ばないってな!」
「おやおや、この期に及んで、随分と都合の良い裏話が生えて出てきたものだ。出まかせにしても、もう少し現実味のある作り話は思いつかなかったのかね。」
管理局職員は嘲笑を浮かべつつ、男の話を聞き流している。たしかに彼の言う通り、今持ち出された内容は罪を逃れようとする男の作り話にしか聞こえなかった。
が、この場に居合わせるリズァーラーたちには、多少の真実味をもって受け止められていた。キャシーの相方は、すなわちウィーパである。拘束され、声を出せぬよう喉を裂かれていたウィーパが、妙に落ち着き払った態度を崩していなかった様は、今ここでありありと思い出された。
とはいえ、ここに来て懸命に弁明している男を擁護することなど、必要性も無く、また可能でもなかった。
「なぁ、皆も、俺と同じ気持ちだったろ!?前会長は、働きもしない爺さん婆さんたちに、食糧や水や空気を多く分け与えすぎていた!労働に携わる連中こそ、もっと余裕ある状態で働けなきゃならないってのに!」
「……。」
「何とか言いやがれ、テメェら!俺が会長になれば、今の暮らしが楽になるって、信じて喜んでただろうが!おい、無視すんじゃねぇ、お前らだって俺と一緒になって……」
必死になって周囲からの弁護を呼びかける男の声は、沈黙、無言によってのみ返される。
更に言葉を継ごうとした男は、不意に口を噤むこととなった。もがき、拘束から逃れようとし続けていた男の身体を抑えている警備兵の一人が、男の首筋に注射針のようなものを突き刺した直後のことであった。
「前会長……を゛……ころ゛……し……」
この事件の核心に当たる内容、すなわち前会長の殺害は複数の人間たちで共謀したうえ、キャシーという一体のリズァーラーによって実行されたということ……それを喋り切る前に、男の口の中で舌は動かなくなった。
集まった野次馬たちの殆どは緊迫感をありありと感じながら息を詰めて現状を見守っていたが、その中の幾名かは男がこれ以上喋れない状態に陥ったことを確認し、安堵の表情を浮かべていた。
「さて、随分な騒ぎだったが、さっさと処刑の続きを。私はそろそろ飽き飽きしてきたんだ、処刑直前の人間が見せる足掻きにしては、あまりにもありきたりな振る舞いだったからね。」
「直ちに実行いたします。ハリコ、準備はいい?」
「ウン。」
ハリコは大顎を開き、その牙を男の首筋に食い込ませ、動脈を裂くように噛みしめていく。
「あ゛……う゛ぁ゛……。」
まもなく滝のように流れ落ち始めた鮮血が、男の作業服の胸元をべっとりと赤黒く染め、地面に黒々とした生臭い溜まりを作って広がっていく。
大柄な体格の相手へ噛みつき続ける体勢に苦労しながら、小柄なハリコは処刑対象の目を覗き込み、絶命の瞬間を確認していた。既に虚ろとなった男の目が、小さく震えつづけ、やがて瞳孔の奥に命無き暗闇が広がった。




