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魔法使い兼執事の眠り姫。〜追放された元従者は敵国将軍となりあらわれた。眠り姫を箱庭に連れ去り歪んだ溺愛をうける〜  作者: 佳月


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7



 城の小食堂には、豪奢な銀食器と、美味しそうな料理の湯気が立ち上っていた。

 オンディーヌの足首の金の鎖は、歩くたびにじゃら、じゃら、と床を鳴らす。デュークが「お姉ちゃんが二度とどこにも行けないように」とドワーフに特注させた、最高級の魔法具だ。


 その鎖の端を、フロワは長い指先で物々しく扱っていた。オンディーヌが席に着くと、フロワは当然な顔をして、自身の右腕に嵌められた黒金の腕輪へその鎖の端を近づけた。カチリ、と魔力が惹かれ合う冷たい音がして、鎖は彼の腕輪へと美しく同化するように繋ぎ止められる。

 彼が給仕のために腕を動かすたび、連動して金の鎖が揺れ、オンディーヌの足首を甘く縛る。フロワは何事もなかったかのように、完璧な所作で彼女の斜め後ろへと控えた。


「おねえちゃんーーーっ!!!」


バタバタと騒がしい足音と共に、デュークが食堂に飛び込んできた。午前中の難しい国務会議を頑張ったご褒美を求めるように、一目散にオンディーヌの隣の席へと滑り込む。


「お仕事、ちゃんと終わらせてきたよ! 偉いでしょ? だから、お姉ちゃんの隣でご飯食べるんだ!」

「ええ、偉いわ、デューク。本当にかっこいい王様ね」


オンディーヌが自分の皿のお肉を小さく切り分けていると、それを見つめていたデュークが、フォークを握った彼女の手を両手でぎゅっと包み込んできた。


「ねえ、お姉ちゃん! 僕、午前中すっごく難しいお仕事頑張ったから……お姉ちゃんの手から食べたいな。あーん、して?」


 上目遣いで必死にアピールしてくる弟に、オンディーヌは困ったように眉を下げ、クスリと 苦笑した。


「……もう、デュークは本当に甘えん坊さんね。一国の王様が、そんなことでどうするの」


 口ではそう呆れつつも、「しょうがないわね」と愛おしそうに目を細めたオンディーヌは、お肉をフォークで刺すと、デュークの口元へと優しく運んであげる。


「さあ、あーん。よく頑張りました」

「あ、あーん……っ! もぐ……美味しい! 世界一美味しいよ、お姉ちゃん!」


 デュークは、大好きな姉からの極上のご褒美に天にも昇る心地で、完全に骨抜きになっている。

 オンディーヌは、デュークの口元のソースを優しく指で拭ってあげた。5年もの間、冷たい塔で一人きりだった彼女にとって、こうして無条件に自分を必要としてくれる弟の存在は、何よりも愛おしく、守りたいものだった。


(この子のこの笑顔のためなら、どんな檻だって耐えてみせるわ。……うん、やっぱりデュークは世界一可愛い私の弟よ)


 姉としての温かい幸福感に浸りながら、オンディーヌがふと、背後の気配を思い出したように視線を向けた、その時だった。


 ――背後から漂ってきたのは、想像以上の「極寒の殺気」だった。


 フロワの腕輪と繋がった金の鎖が、彼の激しい感情に呼応して拳が握りしめられたせいか、じゃらり……と低く不穏な音を立てて震えている。

 フロワは、完璧な従者の立ち姿のまま、一言も発していない。けれど、その赤い瞳は凍てつくように冷え切っており、デュークを見つめる視線は、まるで今すぐにでもその小さな喉笛を噛み切らんばかりの、凄まじい独占欲に満ち溢れていた。


 それを見て、デュークもようやくフロワのただならぬ気配に気づき、ふんす!と鼻を鳴らした。


「な、なんだよフロワ。お姉ちゃんが僕を可愛がってくれてるんだから、邪魔しないでよね。お姉ちゃんは僕のお姉ちゃんなんだから!」


デュークの牽制に、フロワは一瞬で「完璧な微笑み」を貼り直すと、音もなく歩み寄り、オンディーヌのグラスに冷たい水を注いだ。


「――滅相もない、デューク陛下。姉弟の睦まじいお姿、この元執事も大変微笑ましく拝見しておりますよ」


 フロワはそう言いながら、オンディーヌのグラスに添えた自分の指先を、わざとオンディーヌの指に這わせるようにして、ねっとりと触れさせてきた。それだけでなく、デュークからは見えない角度でオンディーヌの前に屈み込むと、その長い髪の毛先にそっと唇を寄せ、じっと彼女の瞳を見上げて、低く、愉しげに囁く。


「……ですがお嬢様。お肉の切り方が少々大きすぎます。そのような雑なお世話では、陛下が喉を詰まらせてしまう。……やはり、貴女への給仕の仕方も、陛下の教育も、すべてこの私が手取り足取り『調教』して差し上げねばなりませんね。――たとえば、昨夜のように」

「っ……!」


(昼間の、しかもデュークの目の前で、何を言っているのか、この男は。)


 フロワがわざとらしく付け足した『昨夜』という言葉に、あの薄暗い部屋での密室の空気や、ベッドの上での狂おしい告白が一気にフラッシュバックする。一瞬にして二人だけの秘め事の空気に引きずり込まれ、オンディーヌの顔が一気にボッと赤くなった。大人のフロワの、嫉妬混じりの容赦ない言葉攻めに、完全に形勢を逆転されてしまったのだ。


「な、何言ってるの……っ! もういいから下がってちょうだい!」

「御意。……赤いお顔も、実に愛らしい」


 フロワは満足そうにくつくつと低く笑うと、再び優雅に一礼して後ろへと下がっていった。


「? お姉ちゃん、お顔が真っ赤だけど大丈夫? ……ねえまさか、フロワに何か変な魔法でもかけられたの!?」


 デュークがオンディーヌの顔を覗き込んで本気で心配していると、背後からフロワが涼しい顔で口を挟んだ。


「違いますよ、陛下。オンディーヌ様は、部屋が少々暑いだけです」

「うるさい、フロワに聞いてない! 僕は、お姉ちゃんに聞いてるんだい!」


 プンプン怒るデュークの横で、オンディーヌは真っ赤になった頬を片手で抑えながら、心の中で激しく足を踏み鳴らした。


(フロワたら……っ、私の5年間の涙の重さも知らないで、いつもそうやって完璧な顔をして……! いつか絶対に仕返ししてやるわ……!!)


 許したわけじゃない。絶対に流されてあげない。

 けれど、彼の嫉妬深い視線が自分の背中に突き刺さるたび、オンディーヌの心臓は、どうしてもトクトクと甘い音を立ててしまうのだった。



「ふふ、デュークったら、あんなにたくさんお肉を食べて……。少しは見ない間に大きくなったけれど、中身はまだ可愛い赤ちゃんのままね」


 小食堂からの帰り道、オンディーヌは上機嫌で廊下を歩いていた。

 彼女が足を一歩踏み出すたび、足首の金の鎖がじゃら、じゃらと音を立てる。その鎖の先は、すぐ一歩後ろを歩くフロワの右腕――黒金の腕輪へと、ピンと張った状態で真っ直ぐに繋がっていた。

 オンディーヌが歩く振動が、鎖を通じてフロワの腕へダイレクトに伝わっている。

 フロワは影のように付き従いながら、自身の腕をクッと引くその愛おしい重みを噛み締めるように、どこか仄暗い視線で彼女の背中を見つめていた。


「陛下はもう8歳です、オンディーヌ。男児の成長は早い。……あまり無防備に甘えさせるのは、教育上よろしくありませんね」

「……何よ。デュークはまだ8歳の子どもなのよ。年の離れた姉が弟を可愛がって何が悪いの。貴方、食堂の時からずいぶんと口うるさいのね」


 オンディーヌが心外だとばかりに、ふんとそっぽを向いて歩調を速める。鎖がグイッと引っ張られたが、フロワは否定もせず、その赤い瞳をすっと細めた。


「ええ、口うるさくもなりますよ。猛烈に嫉妬していますから。私が5年間、君に触れることもできずに死線を彷徨っていたというのに、あの小僧は特権のように君の腕の中に収まっている。……今すぐにでも、陛下のマントを引っ掴んで引き剥がしたかった」

「っ……本当に、大真面目にそういうことを言うのね」


 ただの言い訳かと思ったら、あまりにも直球の独占欲を返され、オンディーヌはまたしても頬をチリチリと上気させる。この男は、戦場から戻ってきてからというもの、自分の本心を隠そうともしない。

 2人が前王妃の寝室へと戻り、フロワがガチリと扉の鍵を閉める。

 オンディーヌはベッドに腰掛けた。部屋に戻ってもなお、彼女の足首の金の鎖は、フロワの腕輪と繋がったままだ。

 フロワは静かにオンディーヌの正面へと歩み寄り、その足元にそっと片膝を突いた。彼が腕を動かすたびに、二人の距離を縛る鎖が静かに音を立てる。その長い指先が、細い足首に巻かれた金色のリングに、愛おしそうに触れた。


「ねえ、フロワ。この金の鎖、本当に私が憎いから繋いでいるわけじゃないの?」

「おや、まだ私の言葉が信じられませんか?」


 フロワはオンディーヌを見上げ、その赤い瞳を妖しくきらめかせる。


「言ったはずです。これはあの地下牢の魔女が歪めた呪いから、君の身を守るための防壁だと」

「……私の18歳の誕生日が、迫っているから?」


 オンディーヌの声が、微かに震えた。

 窓の外を見上げれば、昼間だというのに、バルハール城の上空にはどす黒い雲がじわじわと集まりつつある。不気味なほどの静寂が、城全体を包み込んでいた。

 実母を殺し、お姉様を殺した、あの継母の「呪い」。それが完全に成就すると予言されているのが、オンディーヌが成人を迎える「18歳の誕生日」の瞬間だった。


「怖ろしいですか、オンディーヌ」


 フロワが下から、覗き込むようにして彼女の顔を見つめる。その赤い瞳は、驚くほど深く、そして濁りのない決意を秘めていた。


「怖くないと言えば、嘘になるわ。……5年間、塔の中で一人で魔法の訓練を続けて、魔力には自信がついたけれど……最近はあの女の呪いの気配が、肌にまとわりつくみたいに冷たくて、気持ち悪いもの」


 オンディーヌは自分の腕を抱きしめ、小さく身震いした。どんなに強がってみせても、彼女はまだ17歳の少女なのだ。

 そんな彼女の手を、フロワは手袋を嵌めた両手で、そっと包み込んだ。驚くほど大きく、そして温かい、男の掌。


「案ずることはありません。君が幽閉されていた5年間、私が戦場で何をしていたか、お忘れで?」


 フロワはオンディーヌの手の甲に、誓いを立てるようにそっと額を押し当てた。


「私は、あの女の闇の魔術を、裏からすべて解剖し、喰らい尽くすための術を探し求めていた。……君にこれ以上の絶望など、一滴たりとも与えはしない。我が命に代えても、その呪いは私がすべて『処理』してみせます」

「フロワ……?」


 彼の言葉は、あまりにも自信に満ち溢れていた。

けれど、オンディーヌの胸の奥で、小さな、けれど確かな『胸騒ぎ』が警鐘を鳴らす。


(命に代えても……って、貴方、今なんて言ったの……?)


 フロワはふっと顔を上げると、いつもの完璧な、どこか意地悪な執事の微笑みを唇に浮かべた。


「さあ、オンディーヌ様。今夜も早くお休みになられてくださいね。今夜の夕食は、君の体力をつけるために、最高肉のローストをご用意させましょう。……私が、付きっきりで口まで運んで差し上げますからね」

「……最後のセリフはいらないわ。自分で食べるから、下がっててちょうだい」


 オンディーヌはフンと横を向いたが、掴まれた手から伝わってくる彼の体温が、どうしようもなく愛おしく、そして不穏に感じられてならなかった。

 二人の運命を決める「18歳の誕生日」が、刻々と近づいている――。

 嵐の前の静けさの中で、二人のじれったい、けれど濃密な時間が静かに流れていく。



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