第三話 第一章 一年後の春
「おはようございます、有村さん」
「おはよう」
俺はいつも通り、始業前にコーヒーを淹れ、デスクに向かった。
植田の死から一年。怒鳴り声がない。あの胃が縮むような朝がない。エレベーターに乗るのが怖くない。会議室に入るのが怖くない。
会議室では誰も反論しない。廊下ですれ違うと、みんな少し早めに頭を下げる。俺が何か言うと、そうですね、と言う。確認します、と言う。
誰も逆らわない空間は、静かだ。摩擦がない。
ただ——誰も本音を言わない。
みんな、俺が権利を使ったことを知っている。そしてみんなが俺に優しい。そのことがあってからだ。
夜、一人のとき、布団の中で天井を見ながら、今日も誰も何も言わなかったな、と思う。その感触が、温かいのか気持ち悪いのか、よくわからない。
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最近、柚月からの返信が遅いな。まぁ仕事が忙しいって言ってたからな。それにしても、先週末も会えなかったし、今週末は会いたいな。
また職場まで行ってみようかな。前にサプライズでちょうど仕事終わりの時間くらいに行ったらびっくりしてたもんな。
柚月から「話がある」とメッセージが届いたのは、四月の終わりだった。
画面を見た瞬間に、まさか、と思った。画面に顔を近付けた。俺たちはうまくいっている。 返信を打ちながら、その「まさか」を何度も頭の中で転がした。
まさか。まさか。
いろんなことを考えていたら、いつの間にか朝になっていた。




