第二話 第六章 春の手前
数週間後。
「卒業式、思ったより早く終わったなぁ。ま、こんなもんか」
暖人はいつものように飄々としていた。
泣いている女子が何人かいた。担任が最後のホームルームで声を詰まらせた。
「みんな熱いねぇ」
三年間通った場所だったが、終わる時はあっけないもんだ。
「お、礼。久しぶりじゃん」
校庭に出たところで御手洗が一人で立っていた。
久々に見る顔だったが、思ったより変わっていなかった。ただ少し、痩せたような気がした。目の下に薄く影があった。
「受験どうだった」と俺は言った。
「受かった」
「そっか。どこ」
御手洗が大学の名前を言った。俺の志望校と同じ沿線だった。奇遇だな、と思った。
「お前は」と御手洗が聞いてきた。
「俺も受かった。春から大学生だ」
御手洗が小さく頷いた。よかった、と言った。声のトーンが平らだった。前からこういう話し方だったっけ、と思った。
「これから何かあんの?」と俺は聞いた。
「特に何も」
「じゃあ飯でも行くか。」
御手洗が少し間を置いた。
「……いいよ」
駅前のファミレスに入った。
窓際の四人席に俺と御手洗が座って、しばらくして星良が来た。大学生になってもうすぐ一年が経つ星良は、なんとなく、前より少し大人っぽくなった気がした。
「こっちは御手洗。一年の時同じクラスだったやつ」と俺は言った。
「はじめまして、市来星良です。ハルトとは近所の幼馴染みなの。」
「御手洗です」
星良が席に座った。メニューを開いて、パフェを頼んだ。俺はハンバーグを頼んだ。御手洗はコーヒーだけだった。
「受験どうだった?」と星良が御手洗に聞いた。
「受かりました」
「よかった。どこ?」
御手洗がまた大学の名前を言った。星良が目を丸くした。「すごい、頭いいじゃん」
御手洗が照れ臭そうに、薄く笑った。
星良がサークルの話を始めた。テニスサークルに入っていること、同期の女子が面白い人ばかりだということ、先週の練習試合で初めて1セット取れたこと。話すたびに星良の声が明るくなった。
「ハルトはサークル何入るの」
「まだ決めてない。とりあえず見学だけしてみようかと」
「テニス来なよ。絶対楽しいって」
「運動神経ないからな、俺」
「関係ないって。私だって最初は全然打てなかったし」
御手洗はコーヒーのカップを両手で持って、テーブルの一点を見ていた。
星良が身を乗り出した。「そうだ、今年の夏、海行こうよ」
「海?」
「大学入ったらみんなで行きたかったんだよね。ハルトが受かったら行こうって思ってたんだ」
「いいけど、御手洗も行くか?」
御手洗が顔を上げた。
「……考えとく」
その時、俺のスマートフォンがテーブルの上で振動した。ニュースの通知だった。画面をちらと見た。
「また執行か。ったく、物騒な世の中になっちまったねぇ」
画面を伏せた。ドリンクに口をつけた。
隣で、御手洗が少し息を吸った。でも、星良の話が止まらない。
「花火も行きたいな」と星良が言った。「去年行けなかったから。ハルト、去年受験忙しいって断ったじゃん」
「そりゃしょーがないでしょ」
「まぁそうね。今年は絶対だよ。約束ね」
星良が笑った。窓から午後の光が差し込んでいた。三月の光だった。まだ少し冷たいけれど、春の匂いがした。
御手洗は何も言わなかった。
グラスの中の氷が、静かに溶けていた。




