第五話 第四章 礼
暖人のアカウントをフォローしたのは、卒業式の後だった。
ファミレスで三人で話して、別れ際に暖人が「礼、俺のアカウント、フォローしてよ」と言った。あの場にいたもう一人の子——星良だったか——も一緒にフォローした。それだけだ。
その後、暖人の投稿は不定期に流れてきた。読書の感想とか、街で見かけたものとか、そういうものだった。僕はそれを特に意識せず、タイムラインの中に埋もれるままにしていた。
あの投稿が流れてくるまでは。
選択権制度廃止を求める市民の会を立ち上げました。
スクロールする指が、止まった。
暖人のことは、高校の時からなんとなく分かっていた。どんな話題も他人事みたいに聞いて、社会とか制度とか、そういうものに対して常に少し距離を置いているやつだった。ニュースの話になると決まって「ふーん、そんなもんかねぇ」と言った。卒業式の後のファミレスでもそうだった。僕が制度の話を振った時、暖人は少し笑って「俺には関係ないね。そういうのはやりたい奴がやればいいんだよ」と言った。
その暖人が、市民の会を立ち上げた。
僕はしばらく画面を見ていた。それから、投稿を閉じた。
川口颯太を執行してから、四ヶ月が経っていた。
重さは消えなかった。
大学には通っていた。IT系の授業はひと通り出た。教授がクラウドで配信した授業用のコードを見ながら、三年前に僕が書いたのと同じだと気づいた。それでもプログラミングをした。手を動かしていれば、他のことを考えずに済んだ。
授業が終わると、まっすぐ帰った。
部屋でノートパソコンを開いて、課題を片付けた。課題は早く終わった。残りの時間、何をするでもなく画面を見ていることが多かった。
ある夜、タイムラインを流していたら、暖人の投稿が目に入った。
次の日、もう一度アカウントを開いた。
過去の投稿を遡った。制度に巻き込まれた人たちの話が、短い言葉で綴られていた。ただ事実を並べるような文体だったが、どことなく怒りや悲しみが滲み出てる気がした。
最初の投稿まで遡った。
大切な人を失いました。この制度を変えたいと思っています。一人では無理です。
礼はその投稿を三回読んだ。
洗面所に行った。顔を洗って、鏡を見た。タオルで顔を拭いながら考えた。
僕が行っても、何の役にも立たない。颯太を殺した人間が行っていい場所じゃないかもしれない。
でも。
部屋に戻って、ノートパソコンを開いた。暖人のSNSのダイレクトメッセージを開いた。
高校の同級生の御手洗です。話を聞きに行ってもいいか。
送信した。
返信はすぐ来た。もちろん、と書いてあった。
僕はノートパソコンを閉じた。それから開いた。また閉じた。
結局、そのまま眠れなかった。
会合当日、会議室に入ったのは、全員が揃う少し前だった。
暖人とは入口で目が合った。暖人は「よう」と言った。高校の時と同じ、少し気の抜けたトーンだった。
「久しぶり」
僕は短くそれだけ言って、端の椅子に座った。
部屋を見回した。子連れの三十代くらいの女性がメモ帳を広げていた。入口近くではスーツの男性が資料を顔に近づけて読んでいた。僕は特に誰とも目を合わせなかった。
暖人が話し始めた。
僕は床を見ながら聞いた。颯太の顔が、ふと頭に浮かんだ。押しのけるでもなく、そのままにした。
重さは消えない。消えなくていい。
ただ、ここに来た。それだけだ。
壁にかけられたアナログ時計は、正確にカチカチと時を刻んでいた。
電波時計。同期を取るために時々秒針が止まるやつだ。
僕はノートパソコンを開いて、検索欄に入力する。
――選択権制度 有識者会議。
エンターキーを押す指が、一瞬止まった。




