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第五話 第三章 メアリージャスミン

夫の一周忌が終えて間もない、平日の夕方だった。

夕食の後片付けでキッチンに立ったところで、スマホが鳴った。見知らぬ名前からメッセージが届いていた。ただ、少なくても迷惑メールではないことはすぐに分かった。


差出人は桐島柚月という人だった。


「植田メアリージャスミンさんへ。突然のご連絡をお許しください。」


流しの横の水切りに、洗い終わった私の茶碗と娘の萌の茶碗。それを拭いて片付けてから、もう一度画面を開いた。


柚月という人は、丁寧な文章を書いた。制度によって自分の身の回りに起きたことが、淡々と書かれていた。そして最後に一つの名前が出てきた。


「選択権制度廃止を求める市民の会、という団体があります。代表は古賀暖人という人物です。もしメアリージャスミンさんがこの制度に対して何か思うところがあるなら、一度話を聞いてみてほしいのです。」


画面を閉じた。


一周忌の翌日、夫の両親と近くの料理屋で昼食をとった。窓際の四人がけのテーブルに義父母と私と娘の萌で座った。義母は夫の好きだった魚料理を頼んで、「これ、好きだったから」とだけ言った。


別の日、職場の上司に会議室に呼ばれた。「大変だったね」と言われた。それだけだった。

誰も、制度のことは口にしなかった。口にしたところで、合法だから。どこにも怒鳴り込めない。誰にも責任を問えない。責任は誰かに嫌われてしまった夫にある。

また涙が溢れそうになった。


夫の写真が、棚の上にある。結婚式の日のものだ。


「パパー」


萌は無邪気に写真に話しかける。その姿が時々見られなくなる。


私はもう一度メッセージを開いて、「選択権制度廃止を求める市民の会」という文字を見た。

スマホの検索窓に「古賀暖人」と打ち込んだ。

SNSのアカウントがすぐに出てきた。フォロワーはまだ少ない。投稿は短く、飾り気がなかった。でも、読み進めるうちに手が止まった。

「この制度のもとで何かを失った人、何かを抱えている人、制度に対して何かをしたい人。立ち上がって力を合わせて、変えていきましょう。」

画面から目を上げた。

棚の上の写真を見た。

しばらくしてから、柚月への返信を打った。「ありがとうございます。連絡してみます」。送信した。

次に、古賀暖人のSNSアカウントにダイレクトメッセージを送った。

文面は何度か書き直した。最初は長かった。全部消した。最終的に残ったのは二行だった。

夫を制度で失いました。話を聞かせてください。

送信した。

返信は翌日の昼に来た。

集まりは週末の夜、都内の小さな会議室だと書いてあった。

メアリージャスミンは即座に「行きます」と返した。

会議室のドアを開けた時、すでに何人かが来ていた。

折り畳み椅子が円形に並んでいて、その奥に、若い男が立っていた。二十代前半に見えた。背が高くて、声が少し頼りなかった。

「古賀です。来てくれてありがとうございます」

暖人は頭を下げた。

「はじめまして。植田メアリージャスミンです。ミンミンと呼んでください。ダイレクトメッセージではどうも」

ミンミンは軽く会釈して、空いている椅子を探した。部屋を見回した瞬間、入口近くにスーツ姿の男性が目に入った。資料をずいぶんと顔に近づけて見ていた。

視線を外して、別の椅子に座った。

暖人が話し始めた。制度の問題点ではなく、なぜここを作ったか、という話だった。私はメモを取りながら聞いた。聞きながら、頭の中でSNSの投稿文を考えていた。これをどう言葉にすれば、もっと多くの人に届くか。


窓の外に目を向けた。外の景色はいつもの街なのに、まるでピカソが描いた絵のような、どこか違う形に見えた。

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