第四話 第一章 入学
四月の朝、キャンパスは人の多さが違った。
新入生の集団があちこちで固まって、地図を広げたり、掲示板の前で立ち止まったりしている。私は噴水の前で、暖人を待っていた。
十分が過ぎた。
十五分が過ぎた。
「お、セラ!」
人の流れをかき分けて、暖人が歩いてきた。
「遅いっ」
「迷った」
「地図送ったじゃん」
「見てなかった」
呆れた。でも笑えた。三週間前に卒業式で会ったばかりなのに、キャンパスで会うと少し違う感じがした。
入学式が終わって、二人でキャンパスを歩いた。
桜がまだ残っていた。風が吹くたびに花びらが舞い上がって、前を歩く新入生たちの肩に降り積もった。
「サークル、どうするの?」
「別に…何も考えてない」
「テニス、一緒に来ない? 見学だけでも」
「こないだもそれ言ってたな。俺テニスやったことないし」
「最初はみんなそう」
暖人は少し考える顔をした。
「……うるさくない? そういうサークルって」
「うるさいよ。でもそれが楽しいんじゃん」
「それ褒めてないだろ」
小さく笑った。
「考えとく」
たぶん来る。そう思った。
キャンパスのあちこちで多くの人がサークルの勧誘活動をしている。私のは別に勧誘じゃない。でも、なんでそんなに暖人に同じサークルに来てもらいたいんだろう。
歩きながら、授業の話になった。
「近代政策史、取ってみない? 選択授業なんだけど、私も取るから」
「何やるの」
「いろいろ。去年途中まで出て、今年また取ることにした」
暖人が少し首を傾けた。
「去年途中までって、途中でやめたの?」
「やめたんじゃなくて——」
うまく続かなかった。何かが引っかかったまま、言葉にならなかっただけだ。でもそれを説明しようとすると、もっとうまくまとまらない気がした。
「来てみればわかるよ」
「説明になってない」
「まあ考えて」
暖人は答えなかった。桜の木の下を通り過ぎた。
やっぱり春って好きだな。始まりの季節っていう感じで、みんなキラキラしてる。
私もこれからのことを考えると、わくわくしてくる。
「ハルトは何かバイトするの?」
「んー、まだ何も考えてないけど、何かやるんだろうな」
「実は私も前のバイトやめちゃったから、一緒に探さない?」
「えー、そーいうのは自分で探すよ」
「もぅ……」
「……セラ、もしかしてお前、このペースでずっと俺についてくるの?」
「……えっ」
「母親じゃないんだからさ、あれこれ気にしすぎ」
「だって……」
「こないだだって、ちゃんと時間には行くって」
「だってそれは、みんなを待たせちゃいけないと思って……」
「そのくせ、タワーオブテラーでめっちゃ大騒ぎしてたよな」
「あれは仕方ないでしょ。そういうものだし。暖人だって怖がってたでしょ」
「そういえば、歩いててつまずいてポップコーンばらまいてたよな」
「一回だけでしょ」
「ま、それがセラのいいところでもあるってか」
「なによそれ」
「いやいや、ありがと。俺のこと気にしてくれてるのはわかったよ」
「……そんなんじゃないし」
じゃあ何なんだろう?って自分でも思ったけど。
「俺もさ、なんだかんだ言って、慣れない環境でセラが居てくれると助かるしさ。」
あ、そんな感じなんだ。
「ねぇ、写真撮ろっ!桜もきれいだし」
「……え、あ、ああ」
バシャッ
「おい、撮るならチーズとか、何か言えよ」
「こういう自然な感じがいいんじゃない」
「いやいや、セラだけピースとかして、ずるいぞ」
「いいじゃない、記念記念」
「ったく」
「後で送るねっ」
夜、自分の部屋に戻った。
窓を開けると、夜風が入ってきた。
今日のことをいろいろ思い出していた。これからの大学生活、去年より楽しくなるかな。
ふいに近代政策史のことを思い出した。去年この授業に初めて出たとき、何かが引っかかった。うまく言葉にならないまま、一年が経った。
今年は最後まで出ようと思っているが、そのことを思うと少しだけ気持ちが重くなった。
そうだ、ハルトに写真送らなきゃ。これからもよろしくね、とメッセージを添えて。
今日はちょっとはしゃぎすぎたかな。みんなで撮った写真の待ち受けを、ぼんやりしながら眺めてた。
少ししてスマホを置いた。天井を見ながら、今日暖人と歩いた桜並木を思い出した。
外は風が少し強くなっていた。
桜の花びらが風に舞って、どこかへ消えていった。




