第三話 第六章 最後の日
残り8時間。カーテンの隙間から光が入っていた。
さっきファミレスから帰ってきてから、ずっと同じ場面がぐるぐるしていた。拓海くんの声が小さかったこと。泣かなかったこと。スマホに私の名前がなかったこと。
スマホが机の上にあった。
昨夜、何度か画面を開いた。内閣府のサイトを開いた。嘆願書の申請フォームまで辿り着いた。それだけだった。
送るつもりだったのか、送らないつもりだったのか、自分でもわからなかった。
窓の外で鳥が鳴いた。
私はしばらく天井を見ていた。
怖かったのは本当だ。一年間、笑い続けたのも本当だ。でもあのとき拓海くんが、許さなくていい、と言ったのも——本当だった。
起き上がった。
机の前に座った。スマホを手に取った。
* * *
俺はファミレスを出てから、一度も振り返ることもなく家に帰った。部屋に入った。コートを脱いだ。
スマホを置いた。
待つしかなかった。
夜になった。時計が十時に近づいた。
スマホを手に取った。残り1時間。残り0時間になる瞬間を、ただ待っていた。
十時を過ぎた。
部屋は静かだった。
何も来なかった。
スマホが震えた。
内閣府国民選択権管理局
対象者指定 執行停止を通知します。
嘆願書の受理により、本件執行手続きは終了しました。
画面を顔に近付けた。内容を確認して画面を閉じた。
柚月が、と思った。それ以上、言葉が続かなかった。
次の日、昼過ぎに外に出た。
歩きながら、植田のことを考えた。
植田の七日間は、どうだったんだろう。眠れない夜があったんだろうか。後ろを気にしながらコンビニに行ったんだろうか。
俺は植田に一度も、そういうことを考えなかった。
植田が理不尽だったのは、今でも本当だと思っている。でも植田の七日間のことを、俺は何も知らないまま終わらせた。
制度は、それでいい、と言った。
俺もそれでいい、と思っていた。
交差点の手前で、信号が赤になった。
横断歩道の脇に、若い男が立っていた。通行人に何かを渡していた。受け取る人もいれば、首を振る人もいた。
信号が変わった。歩き出したとき、男と目が合った。一枚差し出してきた。
受け取った。
歩きながら見た。
選択権制度廃止を求める市民の会
代表 古賀暖人
チラシに顔を近付けた。気が付くと、歩く速度が、少し遅くなっていた。




