第三話 第五章 ファミレス
向かいに座った拓海くんは、静かだった。
おかしい、と思った。
来る前に深呼吸を三回した。また声が大きくなるはずだから、そうなったら席を立とうと決めていた。バッグは膝の上に置いていた。いつでも立てるように。
でも拓海くんは、メニューも見ずに、ただテーブルの一点を見ていた。
「俺は、柚月が怖がってるのに気づかなかった。気づこうとしなかった」
声が、小さかった。
「好きだからって言い訳にしてた。心配してるからって言い訳にしてた。全部、俺の話だった」
私は何も言わなかった。言葉が出なかったんじゃなくて、何を言えばいいのかわからなかった。
泣きそうなのに、泣かなかった。
それが気になった。なんで泣かないんだろう、と思いながら見ていた。
「許さなくていい。もう連絡もしない。ただ、それだけ言いたかった」
拓海くんが立ち上がった。
私はバッグを持ったまま、動けなかった。
立てばよかった。ここで終わりにすればよかった。でも足が動かなかった。なんでだろう、と思った。怖いはずだった。怖かったはずだった。
来てくれてありがとう、と言って、拓海くんが伝票を取った。
「……待って」
声に出てから、自分でも驚いた。
なんで呼び止めたんだろう。
拓海くんが座り直した。
私は何か言わなきゃいけない気がして、でも何も思い浮かばなくて、とりあえず言った。
「スマホ、見せて」
自分でも何がしたいのかわからなかった。
拓海くんが画面を出した。連絡先のページを開いた。私の名前がなかった。
スマホを返した。
何も言わなかった。何も言えなかった。ただ、見た。それだけだった。
どれくらいそうしていたかわからない。
拓海くんが先に立った。今度は私も引き止めなかった。
ファミレスを出た。外は曇っていた。
交差点、渡ったかな。改札の音は聞こえたけど。気付いたら電車も降りて、家までの道を歩いてる。
途中で、後ろを振り返らなかった。
家に着いてから、振り返らなかったことに気づいた。




