第三話 第四章 168時間
なんで俺が。
ストーカー。制度の文字はそう言っている。思わず画面を閉じた。また開いて顔を近付けたみたが、その文字は消えていなかった。
二日目の、残り143時間。眠れなかった。
コンビニに行ったとき、レジで後ろに並んでいる人。俺のことを見てる気がした。
帰り道、後ろから誰か着いてきていないか、足音を確認してしまう。
家に帰って鍵を閉めた。
植田は猶予期間中、こうだったんだろうか。
その考えが浮かんで、すぐに打ち消した。違う。植田は本当に理不尽だった。俺は——。
打ち消した言葉が、また浮かんできた。
三日目の朝、残り109時間。仕事に行った。
「おはようございます」
いつも通り、後輩は少し頭の下げ方が早い。――いつも通りか。
去年から、ここは心地よかった。
自分のデスクに座って、コーヒーを一口飲んだ。味がしなかった。
五日目の夜、残り70時間。また眠れなかった。
天井を見ながら、この一年を順番に思い出した。
職場まで迎えに行った夜。柚月の笑顔。
ファミレスでのこと。
申請フォームを開いた夜。これで柚月は永遠に俺のものになる、――はずだった。
植田が猶予期間中に何度も連絡してきたとき、俺は着信拒否した。
柚月は今、俺の連絡を——。
さっきから降り始めた雨の音が強くなってきた。
六日目の朝、残り38時間。柚月にメッセージを送った。
謝りたい。とだけ書いた。
既読がついた。返信は来なかった。
でも既読がついた。
返信を待ちながら、俺は初めて、ただ待つということをした。連絡しない。行かない。ただ待つ。
それがこんなに難しいとは思わなかった。
六日目の夜、残り25時間。柚月からメッセージが来た。一行だった。
明日の朝、話せる?
画面に顔を近付けた。返信しようとして、手が止まった。
何を言うつもりだ。謝ります、許してください——それを言いに行くのか。
植田が猶予期間中に俺に会いに来たとき、植田は謝った。土下座した。金を積もうとした。それでも俺は許さなかった。
なぜだ。
植田の言葉が足りなかったからじゃない。植田が最後まで、自分の話しかしなかったからだ。俺がどれだけ怖かったか。俺がどれだけ追い詰められたか。それを植田は一度も——。
俺は今、何をしようとしている。
謝りたい。許してほしい。執行を止めてほしい。
全部、俺の話だ。
布団に入った。眠れなかった。天井を見ながら、柚月のことを考えた。
特にこの一年、柚月はどれだけ怖かったんだろう。
職場まで行った夜。サプライズだよ、と俺は笑っていた。柚月も笑っていた。あの笑顔の裏に、何があったんだろう。
ファミレスでねえ、と言ったとき。声が大きくなっていた俺に、柚月はどんな気持ちで言ったんだろう。
申請フォームを開いた夜。柚月は永遠に俺のものだと思った。柚月は——ものじゃない。
その言葉が浮かんで、胸の奥が崩れる感じがした。
申し訳ない――「ごめん」という言葉では軽すぎる。足りない。言葉を探したが、何も浮かばなかった。
柚月は許してくれないかもしれない。
もし俺が執行されても、それで柚月に安堵の日々が訪れるのなら――。一年前の俺のように。
朝になった。
柚月に返信した。場所を指定してきた。こないだと同じファミレスだった。
行く前に、スマホを開いた。柚月の連絡先を見た。長い時間、見ていた。
削除した。
ファミレスに着いた。柚月はもう来ていた。
向かいに座った。柚月は俺を見ていた。怖がっているのがわかった。それでもここに来てくれた。
俺は口を開いた。
「俺は、柚月が怖がってるのに気づかなかった。気づこうとしなかった」
柚月は何も言わなかった。
「好きだからって言い訳にしてた。心配してるからって言い訳にしてた。全部、俺の話だった」
声が震えた。泣きたかった。でも泣いたら、また俺の話になる。
「許さなくていい。もう連絡もしない。ただ、それだけ言いたかった」
柚月がテーブルの上で両手を重ねた。何かを考えているようだった。
俺は立ち上がった。
「来てくれてありがとう」
伝票を手に取った。割り勘にしようとしたら、柚月が言った。
「……待って」




