第三話 第三章 所有の錯覚
土曜日、ファミレスに行った。
柚月は来た。俺の話に相槌を打ってくれる。
「俺、本当に心配してたんだよ。本当に会いたかったんだよ。また柚月の顔が見れて嬉しい」
会えなかった間の思いが溢れ出た。
テーブルに伏せて置いていた柚月のスマホが何度か振動して、席を外すこともあったが、——楽しかった。
別れ際、次はいつ会える、と聞いたら、「また連絡するね」と言った。
また連絡するね。
その言葉を家に帰ってから何度も反芻した。また連絡するね。よかった。柚月が帰ってきた。やっぱり俺には柚月が必要だし、柚月にも俺が必要だ。
夜中にメッセージを送った。「今日楽しかった。また会いたい」
既読がついたのは翌朝だった。
それから柚月と会えない日が続いた。
忙しいと言っていた。信じようとした。でも夜になると頭が勝手に動いた。忙しいのか。大変だな。俺が守ってあげなきゃ。
ある夜、柚月のSNSを開いた。
更新されていた。思わず画面に顔を近付けた。友達グループなのかな?俺の知らない人もいるな。なんか見たことある男もいるな。誰だっけ?
スマホを置いた。また開いた。
柚月が笑っていた。俺といるときと同じ笑い方だった。
スマホを伏せた。天井を見た。
柚月のことが心配だ。「会いたい。いつ会える?」と送った。じゃあ今度の土曜日ね、と返ってきた。
土曜日。最近いつもこの店だな。この店も柚月との思い出の場所になりつつあるな。
「話がある」
柚月が落ち着いた口調で、静かに言葉を発した。
「……好きな人ができた」
「はっ?」
何言ってるの?俺のこと好きなのは知ってるよ?
「だから、別れてほしい」
意味がわからない。またその話?なんで?どうして?
「なんで?」
「だから……好きな人ができたの。拓海くんじゃなくて」
「え……どういうこと?」
「拓海くん——」
「こないだ会ったとき、何も言わなかったじゃん。ずっと一緒にいようって、お互いそう言ってたじゃん。それで急に好きな人ができたって、そんなことあるか」
「ねえ、声——」
「柚月には俺が必要だよ。俺が柚月を守るから。俺も柚月が必要だよ。一緒にいなきゃ。だから——」
「そういうことじゃなくて」
柚月の声は静かだった。怒っていなかった。その静けさが、怒鳴り声より怖かった。
「もう決めたから」
また、その言葉だった。
その後のことも、家に帰ってからのことも、よく覚えていない。
気づいたらスマホを投げていた。壁に当たって落ちた。画面が割れていた。
好きな人ができた。
その言葉が、壊れたレコードのように、頭の中でずっと繰り返していた。
あ、あの男。
SNSで見たあの男、前に会社で一緒にいたあいつか。
裏切られた。柚月、お前。
柚月ガあんなやつと。俺のものじゃなかったのか?あんなやつに柚月の何がわかる?俺が柚月のことを一番知ってるんだ。柚月は俺じゃなきゃだめなんだ。
いろんな感情が噴き出した。奥歯がギリギリ鳴った。
柚月の言葉――わかりたくなかった。それをわかってしまったら、柚月には手が届かなくなってしまう。
一生、ずっと、柚月は俺のものだ。誰かが俺から柚月を奪うなんて、あり得ない。
――制度。
植田の時、これで俺に謝罪してきた。柚月にも少し頭を冷やしてもらおう。
これを使えば、自分の非を認めて、謝ってくるだろう。そうしたら俺が許してあげて、申請を取り下げればいい。
柚月の将来のため。目を覚ましてもらうため。
その思いが出た瞬間、無意識にスマホに手が伸びていた。
割れた画面を拾い上げた。申請フォームを開いた。ひびの入った画面の向こうに、入力欄があった。
――桐島柚月。
これだけで、柚月は永遠に俺のものになる。
送信ボタンを押した。
インジケーターが回った。
植田のときは数秒で承認された。今回も——。
画面が切り替わった。
対象者指定申請を受理しました。
審査結果:却下
理由:申請者による継続的な接触行為が確認されており、本申請はストーカー規制法に抵触する動機に基づくものと判断されました。
本却下により、申請者への制度的対抗措置が発動されます。
ストーカー。
その単語が画面の中にあった。
は?なに?俺?
新しい通知が届いた。
内閣府国民選択権管理局
対象者指定を承認しました。
指定者:内閣府国民選択権管理局 執行部門
執行予定日時まで:168時間
部屋の中が静かだった。換気扇の音だけが聞こえた。
割れた画面に顔を近付けた。歪んだ光が、暗い部屋を四角く照らしていた。




