第8話:平和になった世界で、ニートの防衛線が再構築される
魔王が太陽の彼方へ消え去り、世界に平和が訪れてから早3ヶ月。
「ルカ様、お口を汚してしまいましたわ。ふふ、私が綺麗にして差し上げますね」
「あ、いや、エレノア様、そこは普通にハンカチで――んむっ」
帝宮の最上階にある、以前より3倍広くなった僕の専用私室。
僕はふかふかの特注王座(車椅子機能付き)に座ったまま、第一皇女エレノア様にリップクリームを塗るかのような距離感で唇を拭われていた。
(極楽。マジで極楽。毎日3食昼寝付き、美少女の介護付き。魔王を倒した『世界の救世主』だから、誰も僕に文句を言わない。これぞニートの極致……!)
僕の脳内は相変わらず至って元気だった。
半年に10秒しか動けない設定のおかげで、公務はすべて免除。僕の仕事は、この部屋で大人しく「可愛い置物」としてお世話されることだけだ。
だが、この楽園を維持するのも楽じゃない。
「猫かぶり」の難易度は、第一章より確実に跳ね上がっていた。
「ルカ殿! 本日の特訓の成果を見せにきました! ほら、背筋を伸ばして!」
ガシャーンと鎧の音を響かせて入ってきたのは、聖騎士団長セリアだ。
彼女は僕の「リハビリ担当」を自称し、毎日僕の腕や足を揉みにくる(下心が丸見えである)。
「セ、セリアさん……あまり強く揉まれると、骨が、折れちゃいそうです……っ」
「あっ! す、すまないルカ殿! また私の不徳で、あなたを傷つけるところだった……っ!」
(嘘だけどね。僕のパッシブスキル【金剛不壊】のせいで、セリアが全力で殴っても彼女の手の骨が粉砕するだけなんだけど。わざとらしく骨がパキッて鳴る音(幻聴魔法)を鳴らすの、我ながら演技力に磨きがかかってんなぁ)
「ルカ様、クッキー焼けたよー。はい、あーん」
さらに、部屋の隅でゲームをしていた元四天王のベアトリスが、当然のように僕の膝の上に座ってクッキーを口に放り込んでくる。
「こらベアトリス! ルカ様の膝の上は私の特等席ですわよ!」
「えー、減るもんじゃないし、ルカ様も私の体重くらいなら負担にならないって言ってるもーん(※言ってない)」
重い女3人に囲まれ、物理的に身動きが取れない。
まあ、前線で命を懸けて戦う労働(戦畜)に比べれば、このくらいのキャットファイトに巻き込まれる方が100万倍マシだ。
そう、このぬるま湯にずっと浸かっていたかった。
だが、世間は「世界の救世主」をいつまでも寝かせてはくれなかったのだ。
バァン!! と部屋の扉が開く。
入ってきたのは、顔を青ざめさせた帝国の宰相だった。
「エレノア殿下! セリア団長! 大変です……! 魔王が消滅した影響で、世界の『理』が暴走を始めました!」
「……理の暴走?」
エレノア様が眉をひそめる。
「はい! 魔王という『絶対的な悪の楔』が抜けたことで、この世界の上位次元に存在する【管理神】が、人間界を『バランス崩壊した失敗作』と見なし、世界ごと初期化するための神の軍勢――『天兵団』を派遣してきました! すでに隣国が一つ、光の柱で消滅しています!」
「な、なんですって……!?」
セリアが剣の柄に手をかける。
神による、世界のリセット。
つまり、人類総ニート化計画ならぬ、人類総消滅の危機だ。
(おいおいおいおい待て待て待て!!! 神様さぁ! なんで世界を初期化するわけ!? せっかく僕が血のにじむような演技で勝ち取った『終身名誉ニート』の権利が、データごとデリートされちゃうじゃん!)
世界が滅びたら、僕のふかふかベッドも、毎日の高級クッキーも全部消える。
「……ルカ様」
エレノア様が、絶望に満ちた目で僕を見た。
「神が相手では、我が帝国の軍も、聖騎士団も通じません……。また、あなたに頼るしか……いえ、でも、ルカ様の次の10秒は、あと5ヶ月半先……。今、力を使えば、今度こそルカ様の命が……!」
「ルカ殿……! 私は、私はどうすれば……っ!」
セリアもベアトリスも、僕を見て涙を流している。
みんな、僕が「動けない」と信じ込んでいるからだ。
(チッ……。魔王の次は『神』かよ。どこまで僕の有給休暇を邪魔すれば気が済むんだよ、この世界は)
よし、決めた。
神だろうが運営だろうが、僕のニート生活を脅かすブラック上司は、全員まとめてクビ(消滅)にしてやる。
もちろん――「半年に10秒しか動けない、か弱き車椅子の勇者」という第2防衛ラインを完璧に死守したままでね。
「エレノア様、セリアさん、泣かないでください」
僕は車椅子の上で、儚げな、しかし全知全能の神すら見下ろすような絶対的な笑みを浮かべた。
「僕の『次の10秒』……今、ここで前借り(チャージ)します」
(第二章・神界社畜化計画粉砕編、開幕!)




