第7話:魔王様、有給消化中のニートを襲うのはマナー違反ですよ?
「ハハハハ! 哀れだな、勇者ルカ! その様子では、本当に指一本動かせぬようだな!」
崩落した天井から降り立った魔王は、漆黒の翼を広げ、勝ち誇った笑みを浮かべていた。
部屋中に満ちる、世界を滅ぼすレベルの濃密な魔力。
「ルカ様、お逃げ……いえ、動けないのですね……っ! セリア、命に代えてもルカ様をお守りしますわよ!」
「はっ! 我が騎士の誇りにかけて!」
エレノア様とセリアが、絶望的な戦力差を前にしながらも、僕の車椅子の前に立ちはだかる。
元四天王のベアトリスは、かつてのボスの威圧感にガタガタと震えながらも、僕の車椅子の車輪を必死に掴んでいた。
(いやいやいや、みんな気持ちは嬉しいけど退いて! 魔王の攻撃なんか僕の【全属性無効】でそよ風以下だけど、みんなに当たったら消し飛んじゃうから!)
それにしても、だ。
魔王は「一週間に10秒しか動けない弱点を見切った」とドヤ顔をしている。
ここで僕が普通に立ち上がって、魔王をワンパンで殴り倒したらどうなるか?
『あ、ルカって普通にいつでも動けるんじゃん』と全員にバレる。
そうなれば、明日からの「年中無休・魔王軍残党狩りブラック労働」が確定してしまう。
国からの給料で、贅沢三昧しながら引きこもる僕の第2防衛ライン(ニート生活)が、完全に崩壊するのだ。
(……絶対に動かない。車椅子から1ミリも腰を浮かせずに、魔王を処理する!)
「無駄だ、人間ども! 塵に還れ!」
魔王が右手を掲げ、帝都ごと全てを消滅させるほどの暗黒魔力球を形成する。
エレノア様たちが覚悟を決めて目を瞑った、その瞬間。
僕は、車椅子に深く腰掛け、完全に脱力したポーズのまま、魔王の足元に視線を向けた。
(……動けない僕の代わりに、『地面さん』に動いてもらおう)
発動したのは、万物のベクトルを自在に操作する神級スキル【因果歪曲・空間転移】。
(魔王の足元の空間だけを、『太陽の真っ芯』と繋げまーす。そぉい)
ポチッ、と脳内でスイッチを押す。
「死ねぃ、勇者ル――ぶっ!?」
魔王が放とうとした暗黒魔法は、完成する前に、彼の足元に開いた「直径1メートルの超極小ワームホール」へと吸い込まれた。
いや、吸い込まれたのではない。
魔王の足元だけが、一瞬にして数千万度の超高熱・超重力空間(太陽の中心)に直結したのだ。
「あ、が……え? 熱――ぎゃあああああああああああおあおあおああああああーーーーーーーっっっ!!!???」
魔王の叫びは、1秒ともたなかった。
世界を滅ぼすはずだった絶対王者は、下半身から一瞬でドロドロに蒸発し、その超重力によって、上半身ごと太陽の奈落へと引きずり込まれ、文字通り「消滅」した。
パチン。
空間の裂け目が閉じる。
あとに残されたのは、綺麗に円形にくり抜かれた床と、魔王が持っていたらしい焼き焦げた杖の破片だけ。
滞在時間、わずか3回。
魔王軍のトップは、世界で最もマヌケな形でこの世を去った。
「………………は?」
エレノア様が、間抜けな声をあげる。
セリアも、ベアトリスも、何が起きたのか全く理解できず、口をぽかんと開けて、くり抜かれた床を見つめていた。
「ま、魔王、様……? 消え……た……?」
ベアトリスがぶるぶると震えながら呟く。
よし、ここだ。僕のターンだ。
「がはっ……!!」
僕は車椅子の背もたれに、これ以上ないほどの勢いで激しくのけぞった。
そして、首をだらんと真横に曲げ、完全に意識を失ったフリ(※白目)をする。
「ル、ルカ様ーーーーーーっっっ!!!」
エレノア様が悲鳴をあげて僕にすがりついてきた。
「ああ、なんてこと……! 動けない身体でありながら、魔王の奇襲を予期し、残った魂の残滓(※魔力残量99.9%)をすべて燃やして、魔王を因果の彼方へ消し去ったのですね……!」
「そんな……。一週間に10秒どころか、ご自身の『命の寿命』すら削って世界を救うなんて……。私は、私はなんて無力な騎士なんだ……っ!」
セリアが床に涙を流して崩れ落ちる。
「ルカ様! 死んじゃダメぇぇぇ! 私、もうブラック魔王軍に戻りたくない! ここで一生クッキー食べてたいよぅ!」
ベアトリスまで僕の足を掴んで大泣きし始めた。
(よしよしよし。完全に『限界を超えて世界を救った悲劇の英雄』に仕上がったな)
これでいい。
魔王は死んだ。世界は平和になった。
そして僕は、「魔王を倒した代償で、さらに燃費が悪くなり、今後は半年に10秒しか動けない身体になった(大嘘)」という設定を付け加えることに成功した。
世界を救った大英雄。
しかし、半年に10秒しか動けない、究極の要介護者。
国は僕を戦場に送る大義名分を完全に失い、むしろ「人類の至宝」として、生涯、至れり尽くせりのVIP待遇で保護せざるを得ない。
「ルカ様……。これからは、私があなたの手足となります。生涯をかけて、あなたを愛し、お守りしますわ……」
エレノア様が、僕の額にそっと誓いのキスを落とす。その瞳には、もはや世界の誰にも僕を触れさせないという、宇宙より重い執着がギラギラと輝いていた。
「(……ま、まあ、ちょっとヒロインたちの愛が重すぎる気はするけど)」
至高のふかふかベッド。
極上の宮廷料理。
そして、僕を溺愛する美少女たち。
僕の被った「猫」は、世界を救い、そして完璧なニートの楽園(第2防衛ライン)を守り抜いたのだった。
――【WEB版・猫かぶり勇者】 完(日間総合ランキング1位獲得!)――




