第5話:『殺せ』と命じられた魔王軍四天王(※ただし脅されていただけ)
「エレノア様、落ち着いてください! 部屋の中で国家最高峰の攻撃魔法を展開するのはやめて! 絨毯が焦げちゃう!」
レナードを今すぐ消滅させそうなエレノア様を、僕が(指一本動かない設定をギリギリ守りつつ)声だけで必死に宥めていた、その時だった。
ゴ、ゴ、ゴ、ゴ、ゴ……。
帝宮の空間が、突如として不気味に歪んだ。
不穏な黒い霧が立ち込め、部屋の温度が急激に低下する。
「な、なんだ!? この不吉な魔力は……!」
レナードが腰を抜かして床にへたり込む。エレノア様も瞬時に僕を背中に隠し、鋭い視線を空間の裂け目に向けた。
(げぇ……。リッチより数段上の魔力気配。これ、魔王軍の『四天王』クラスじゃん。なんでこんなピンポイントで僕の寝室(※皇女の私室)に来るわけ?)
空間の裂け目から現れたのは、漆黒の角を生やした、息を呑むほど美しい魔族の少女だった。
露出度の高い黒のドレスを纏い、手には禍々しい大鎌を握っている。
「我が名は魔王軍四天王が一人――『絶望のベアトリス』。……人間どもの希望の芽、ここで摘ませてもらうわ!」
凄まじい威圧感。彼女の放つプレッシャーだけで、レナードは完全に白目を剥いて失神した。
(あちゃー。これ、僕が『一撃必殺の勇者』だってバレたから、速攻で暗殺しにきたパターンか。めんどくさ……。でも、僕はいま『一週間動けないポンコツ』って設定だしなぁ)
ベアトリスは、ベッドの上の僕を見据え、ゆっくりと大鎌を持ち上げた。
「リッチを屠った一撃必殺の勇者……。悪いけど、ここで死んでもらう――」
「待ちなさい! ルカ様には指一本触れさせません!」
エレノア様が魔力を爆発させ、ベアトリスに掴みかかろうとする。
だが、僕は見逃さなかった。
大鎌を構えるベアトリスの「手」が、小刻みにガタガタと震えていることに。
そして、彼女の美しい瞳が、恐怖と悲壮感で今にも涙が溢れそうになっていることに。
さらに、僕の最高峰の探知スキル【万象看破】が、彼女の首元に刻まれた『絶対服従の呪印』を捉えた。
(……あー、なるほどね。これ、本人は戦いたくないのに、魔王に呪いで脅されて強制労働させられてるやつだわ。ブラック企業の末端社員じゃん。かわいそうに)
だったら、話は早い。
僕はベッドの中で、エレノア様にもベアトリスにも見えない角度で、布団の中からそっと片手を突き出した。
そして、ベアトリスの『首元の呪印』だけをピンポイントで狙い、因果を捻じ曲げる超高等スキル【因果歪曲・概念破壊】を無詠唱で発動する。
(ほい、ブラック企業の契約書、シュレッダーにかけとくねー)
パキィン……。
かすかな音と共に、ベアトリスの首の呪印が完全に消滅した。
それと同時に、彼女を縛っていた「殺せ」という魔王の絶対命令(精神支配)が霧散する。
「え……?」
ベアトリスが呆然と声を漏らした。
頭の中を支配していたドス黒い衝動が消え、信じられないほど心が軽くなっている。
「あ、あれ……? 魔王様の呪縛が……消えた……? 嘘、なんで……?」
彼女は完全に戦意を喪失し、大鎌をカラランと床に落とした。
そして、その場にぺたんとへたり込み、両手で顔を覆ってボロボロと涙を流し始めたのだ。
「う、うああん! よかったぁぁぁ……! ほんとは、ほんとは人間なんか殺したくなかったのにぃぃ……! 逆らったら故郷の里を焼き払うって魔王に脅されて、仕方なく来たのにぃぃ……!」
「……は?」
魔法を構えていたエレノア様が、完全に固まった。
「毎日毎日、サービス残業で暗殺任務ばっかり行かされて……有給もくれないし、失敗したら拷問だって言われて……っ。うう、私、ただ普通に美味しいご飯を食べて、のんびり暮らしたかっただけなのにぃ……!」
(わかる、わかるよベアトリスちゃん。ブラック労働はクソだよな。僕も社畜になりたくないから、こうして全力で猫被って寝たフリしてるもん)
僕と四天王、まさかの心の中での大共感である。
しかし、周囲から見ればこれは異様な光景だ。
襲撃してきたはずの最強の四天王が、ルカのいるベッドの前で、突然号泣しながらブラック魔王軍の愚痴をぶちまけているのだから。
エレノア様は、涙を流すベアトリスと、ベッドの上で「え、えっと……?」と困惑したフリ(※僕の仕業です)をしている僕を交互に見た。
そして、エレノア様は深く納得したように拳を握りしめた。
「……なるほど。分かりましたわ、ルカ様」
(いや何が分かったの!? 僕は何も言ってないし動いてないよ!?)
「ルカ様は、ご自身が動けないフリ(※フリじゃない設定だけど)をしながらも、その圧倒的な『聖なる覇気』だけで、四天王の悪しき心を一瞬で浄化し、改心させたのですね……! 剣を交えることなく、ただ佇むだけで敵の戦意を挫く……これぞ真の『慈悲なき、いや、慈悲深き勇者』の姿……!」
「素晴らしいですルカ様! 一生ついていきます!」と、なぜかベアトリスまで目を輝かせて僕を見つめてくる。
(おい待て四天王、なんでお前まで僕の信者になってるんだ。っていうか、部屋に重い女がまた一人増えたんだけど!!)
僕の「引きこもりニート生活」の防衛ラインは、魔王軍四天王のまさかの『天下り(居座り)』によって、さらに混沌を極めていくのだった。
(第6話へ続く)




