第4話:皇女の婚約者(仮)に喧嘩を売られたので、全力で被害者を装います
「エレノア!! そこにいるのだろう! 開けなさい!!」
ドバァン!! と音を立てて、エレノア様の私室の豪華な扉が跳ね飛ばされた。
入ってきたのは、いかにも「育ちの良い無能」を絵に描いたような、金髪縦ロール気味の美男子だ。豪華な白銀の甲冑を着ているが、肩が怒り肩すぎて少しダサい。
(うわぁ……なんか面倒くさそうなの来た。っていうか扉壊すなよ、僕の平穏な引きこもりライフの防音性が下がるじゃん)
ベッドの上で相変わらず「指一本動かないフリ」をしている僕の横で、エレノア様の温度がサーッと氷点下まで下がるのが分かった。
「……何の真似ですか、レナード公爵令息。ここは私の私室。いくら我が一族の形式上の『婚約者候補』だからといって、無礼が過ぎます」
婚約者候補。なるほど、政略結婚の相手ってわけか。
レナードとかいう男は、エレノア様の冷徹な視線を無視し、ベッドの上でパジャマ姿(皇女の手で着替えさせられた)の僕を激しく指差した。
「そ、その男か……! 巷で噂の『一撃必殺の隠れ勇者』などという胡散臭い男は! エレノア、騙されるな! 聞けばこいつは、一発魔法を撃っただけで一週間も寝込むような、燃費最悪の無能ではないか!」
(おいおい公爵令息くん、言葉を慎みたまえ。僕のその『無能設定』は、国の社畜にならないために死守している、血と汗と涙の第2防衛ラインなんだぞ)
「レナード、言葉を慎みなさい。ルカ様は我が国の――」
「黙れ! 私は認めんぞ! このような軟弱な男が、君の寵愛を受け、宮廷相談役の座に就くなど! おい、ルカと言ったな。そこに直れ! 貴様が本当に英雄なら、私と決闘しろ!!」
チャキィン、とレナードが腰の細剣を抜いて僕に突きつけてくる。
(決闘ぉ? めんどくさ……。っていうか僕、いま『動けない設定』なんだけど。どうすんのこれ?)
「レナード! ルカ様は今、魔力を使い果たして指一本動かせないのです! そんな方に剣を向けるなど、騎士の風上にもおけない恥知らずな行為です!」
エレノア様が激昂し、僕の前に立ちはだかる。
しかし、レナードは冷笑を浮かべた。
「ふん、動けない? ならば好都合だ。そのままそこで、私の剣の錆になれ! 逃げるなら『私は詐欺師です』と認めて、今すぐ帝都から這い出せ!」
(あ、これ、完全に僕を殺しにきてるな。嫉妬で脳みそ溶けちゃってるじゃん。……よし、決めた)
ここで僕が「実は動けまーす!」って立ち上がって、こいつをワンパンでボコボコにするのは簡単だ。
でも、それをやったら『一週間に10秒しか動けない』という第2ラインが崩壊する。国に「あいつ嘘ついてたぞ!」とバレて、明日から魔王討伐のブラック労働に駆り出される。
それだけは絶対に阻止する。
だったら――「徹底的に被害者」になってやる。
「う、頭が……。うぅ、レナード様、申し訳ありません……っ」
僕はベッドの中で、わざとらしく顔を歪め、ハァハァと荒い息を吐き出した。
「な、ルカ様!?」
エレノア様が弾かれたように僕を振り返る。
「僕が……僕が至らないばかりに、エレノア様を困らせてしまって……っ。ああっ、身体が、身体が割れるように痛い……! レナード様の放つ、その凄まじい騎士のオーラ(威圧感)だけで、魔力を失った今の僕の身体は……耐えきれ、ない……っ! げほっ、ごほっ!」
もちろん嘘だ。レナードのオーラなんて、僕からすれば蚊の羽音以下だ。
しかし、僕はわざと口の中を少し噛み、タラリと唇の端から血(のフリをした魔力着色液)を流してみせた。
「ル、ルカ様が……吐血された……!?」
エレノア様の目が、完全に夜叉のそれに変わった。
「な、何を言っている! 私はまだ何もしていないぞ! こいつ、ただのハッタリ――」
「レナード・フォン・アウグスト」
地獄の底から響くようなエレノア様の声。
彼女の背後に、どす黒い魔力のオーラが立ち昇る。
「私の、大切な、ルカ様を……。リッチ討伐でボロボロになった彼を、精神的・肉体的に脅迫し、あまつさえ負傷(※してない)させるとは……。アウグスト公爵家が、本日をもって地上から消え去りたいという意味ですか?」
「ひ、ひぃっ!?」
レナードがガタガタと震え出し、数歩後退る。
(よし、完璧。これで僕の『燃費最悪の弱者』設定はさらに補強された。レナードくん、君の尊い犠牲(自爆)は忘れないよ。あとは皇女殿下に美味しく料理されてね)
僕は心の中で勝利のピースサインを掲げながら、哀れな被害者として、さらにベッドの奥へと丸くなるのだった。
(第5話へ続く)




