第3話:動けない(フリの)僕と、過保護すぎる皇女殿下
「――はぁっ!!」
帝都の地下水道に響き渡ったのは、僕の小さいため息。
そして、次の瞬間には、100年間誰も倒せなかった魔王軍幹部『不死身のリッチ』が、骨のひとかけらも残さず消滅していた。
よし、これで終わり。
……さあ、ここからが本番(演技)だ。
「う、あ……。……今週の、10秒が……終わっ……た……」
僕は糸が切れた人形のように、その場にバタリと倒れ込んだ。
もちろんピンピンしている。リッチの放った暗黒魔法は僕の常時発動スキル【全属性無効】で完全にシャットアウトしたし、魔力も1ミリも減っていない。
だが、僕は『燃費最悪の一発屋』。
ここから一週間は、指一本動かせない可哀想なポンコツにならなきゃいけない。
(ふぅ。冷たい石畳の上だけど、あとは騎士団の人たちが僕をベッドまで運んでくれるっしょ。一週間寝っぱなしのニート生活、スタート!)
そう気楽に考えていた、次の瞬間。
「ルカ様ぁぁぁーーーーーーっ!!!」
鼓膜が破れんばかりの悲鳴とともに、凄まじい勢いで僕を抱き起こした者がいた。
帝国の第一皇女、エレノア殿下だ。
「ああ、なんてこと……! 私たちのために、大切な一瞬の命(魔力)を使い果たしてしまうなんて……! しっかりしてください、ルカ様!!」
「あ、う……(大丈夫ですよー、生きてますよー)」
演技のために声を枯らし、虚ろな目で視線を彷徨わせる。
するとエレノア様は、ポロポロと美しい涙を流しながら、僕の顔を自分の胸元へと強く抱き寄せた。
「ご覧なさい、聖騎士団長! ルカ様のこの尊いお姿を! 自身の命を削り、世界を救ってくださったのです! この方を、そこらのむさ苦しい男たちに触れさせるわけにはいきません!」
「はっ! では、すぐに搬送の準備を――」
「必要ありません! ルカ様は、私がこの手で、我が私室へとお連れします!」
「……へ?」
思わず素の声が出そうになった。
皇女殿下の私室? いやいや、僕は「一等地にある高級邸宅」でのんびり一人暮らしを満喫する予定だったんだけど。
「お任せください、ルカ様。あなたが動けないこの一週間……いえ、これから先、あなたが力を使い果たすたびに、このエレノアが髪の毛一本から爪の先まで、責任を持ってお世話いたします。……ふふ、ふふふふ」
(待って。皇女様、目が、目が据わってる。なんかハイライト消えてない……!?)
彼女の執着のスイッチが、完全にオンになった音がした。
数日後。
帝宮にある、おそろしく豪華なエレノア様の私室。
僕は、ふかふかの天蓋付きベッドの上に寝かされていた。
ぶっちゃけ、めちゃくちゃ快適だ。
……彼女の「執着」さえ、もう少しマイルドであれば。
「ルカ様、朝食のお時間ですよ。さあ、あーん、してください」
エレノア様が、にこやかにスープのスプーンを僕の口元に運んでくる。
「あ、あの、エレノア様……。そろそろ、指先くらいは動くようになった気がするので、自分で食べられ――」
「ダメ、です」
エレノア様の笑顔がピキッと固定される。
「ルカ様は無理をなさる。そうやって、まだ回復していないのに『大丈夫だ』と嘘をついて、また一人で傷ついていくのでしょう? 私は騙されません。あなたが完全に元通りになるまで、食事も、お着替えも、お風呂の身体洗いに至るまで、すべて私が管理します」
(お風呂まで入ってこようとしたのはマジでビビったわ! 必死で『恥ずかしさでショック死します』って演技して止めたけどさぁ!)
「ほら、あーん」
「あ、あーん……(モグモグ)……美味しいです」
「ふふ、可愛い……。ルカ様、ずっとこのままでもいいんですよ? あなたはただ、私のベッドの上で、私に生かされていればいいのです。外の危険な世界になんて、もう二度と行く必要はありません……」
僕の頬を撫でるエレノア様の手が、心なしか愛おしそうに、そして絶対に逃がさないという風に強まる。
(やばい。これ、『国の社畜(戦畜)』になるのを回避するために第2ラインを引いたのに、今度は『皇女の飼い犬』になりかけてない!?)
しかも、問題はそれだけではなかった。
ドンドンドンドン!!
激しく部屋の扉が叩かれる。
「エレノア様! 聖騎士団長のセリアです! ルカ殿の『次の一撃』の管理は、国の最高戦力たる聖騎士団が担うべきです! 部屋を開けなさい! 職権乱用です!!」
扉の向こうからは、僕を「我が団の至宝」と崇める女騎士の怒鳴り声。
さらに、僕を置いてきぼりにして罪悪感で脳が焼け、なぜか「ルカは私が守るべきだったのよ!」と覚醒して帝宮に不法侵入してきた元パーティの回復術師・メイの気配まで索敵スキルに引っかかっている。
(おいおいおい、なんで僕の周り、重い女しかいないわけ!?)
猫を被って平穏を得るはずが、被った猫の可愛さ(とギャップ)のせいで、全方位からヤバい女たちにロックオンされてしまった。
僕の第2防衛ライン――『引きこもりニート生活』の境界線が、別の意味で決壊しそうになっていた。
(第4話へ続く)




