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視竜 〜最弱の眼、最強を射抜く〜  作者: Studio Yodaca
再び灯る石

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西から来た鍵

カインは夕闇とともに村へ入ってきた。


 北の灰色の男たちのように、馬を連ねてはいなかった。徒歩で数人。だがその佇まいは、もっと底知れなかった。先頭を行く穏やかな目の男。あの鍵守。隣に抜け目のない眼差しの女が一人。そして後ろに――ヨナがいた。相変わらず不機嫌そうな顔で。


 村の西のはずれ、古い祠のあたりに彼らは現れた。まるでその場所が自分たちのものであるかのように、自然に。


「久しいね、セイル」カインは穏やかに言った。「迎えに来た」


 セイルは身構えた。


 北にはグレゴル。西にはカイン。都で自分を挟んだ二つの力が、今この最果ての村でふたたび自分を挟んでいた。


 だが都とは違った。都では逃げられた。ここでは――逃げれば、村が巻き込まれる。


「なぜ」セイルは絞り出した。「ここまで」


「あの石が」カインは斜面のほうへ目をやった。青く明るむあの石へ。「目を覚ましかけている。失われた祖型(そけい)への扉が。我々が何百年も取り戻そうとしてきたものが。――それがよりにもよって、お前の生まれた村にあった。これを迎えに来ずして何としよう」


「石を寄越せと」


「石とお前をだ」カインは言った。「学問の影がすでに来ているのは知っている。あの者たちはお前と石を国家の檻に入れる。観測し、解剖し、記録から消す。――だが我々は違う。お前を器として迎え、石を本来あるべき神秘の手に取り戻す。どちらがお前にとってましか。考えるまでもあるまい」


 隣の女が――セルマとカインが呼んだ――冷ややかに村を見回した。


「鍵守」セルマは低く言った。打算の滲む声で。「悠長に語っている暇はありません。北の庁がいつ動くか。石が灯る前に、確保すべきです。この娘も村の者も――邪魔なら相応に」


 セルマの目が、ティナや遠巻きに見ている村人へちらと向いた。その視線の冷たさに、セイルの背が粟立った。


 神秘の手もまた村を駒としか見ていなかった。


「待てよ、セルマ」


 声を上げたのはヨナだった。


 セルマが鋭くヨナを見た。ヨナはその視線にひるみながらも、続けた。


「村の連中に手を出すなんて……そんなのおれたちがいちばん嫌ってる庁のやり方じゃないか」


「ヨナ」セルマの声が刃のように冷たくなった。「お前はまだ何も分かっていない。神秘を守るためなら――」


「分かってるよ」ヨナは叫んだ。「分かってる。でも」


 ヨナはセイルを見た。羨望と誠実さの混じったあの目で。


「こいつを器器って言うけど。こいつはこいつだ。再来でも器でもない。なのにまた、おれたちの物語に押し込めようとしてる。――おれはそれが見たくないんだ」


 カインが静かにヨナを見た。だが咎めはしなかった。ただ痛ましむような、複雑な目で。


 セイルはヨナの言葉に胸を打たれた。神秘の側にいながら、ただ一人自分を「セイル」として見ようとする者。都でそうだったように。ここでもヨナは変わらなかった。


 だが――セイルの心を占めていたのは誘いへの揺れではなかった。


 昨夜視たあの底の気配だった。


 石の奥のさらに底。世界の底で眠る途方もない何か。石が灯るたびにわずかに身じろぎするあの巨大な眠り。


 もしこの石をグレゴルが持ち去れば。国家の管理下で無理にこじ開ければ。あの底のものが目を覚ますかもしれない。


 もしこの石をカインが取り戻せば。失われた力をもう一度この世に灯そうと扉を開け放てば。やはり――あの底のものが目を覚ますかもしれない。


 学問も神秘も、この扉の本当の奥を知らないのだ。扉の向こうに何が眠っているかを。


 知っているのは視た自分だけだった。


「カイン」セイルは震える声で言った。「あんたは、この石の本当の奥を視たことがあるのか」


 カインの動きが止まった。


「本当の奥」


「あの石はただの扉じゃない」セイルは言った。「その奥には――もっと深い底がある。視てはいけないものが眠ってる。石が灯れば、それが目を覚ますかもしれない。あんたたちが奪い合えば奪い合うほど――早く」


 カインは長いあいだ、セイルを見つめていた。その穏やかな目の奥で、何かが揺れた。畏れか、あるいはそれすらも欲望に変える神秘者の業か。


「……それでこそ」カインは低く言った。「失われた接続者の再来だ。お前は、我々が触れられぬ奥まで視ている」


 違う、とセイルは思った。


 この男もグレゴルと同じだ。底の気配を聞いてなお、それを欲望に変えてしまう。器だの再来だのという物語に。


 その夜村は二つの影に挟まれた。


 北の峠に学問の影。西の祠に神秘の手。どちらも石が灯るのを待っていた。あるいは、相手より先に石を奪う機会を窺っていた。


 そしてその狭間に――村があった。ハルダが、ティナが、ロウが、ゴルド爺が、村の者たちが。何も知らぬまま、二つの巨大な力の奪い合いのただ中に。


 石は青く明るんでいた。臨界へ向かって脈打ちながら。その奥の底の何かを、わずかに揺らしながら。


 セイルは斜面の石を見上げた。


 学問に渡せば、底のものが目を覚ます。神秘に渡しても目を覚ます。奪い合えば臨界が早まる。


 どちらにも渡せない。


 だがどちらにも渡さないとは――この二つの巨大な力を、たった一人で敵に回すということだった。魔力も持たぬ落第者の自分が。


 逃げ場はどこにもなかった。


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