検める者たち
翌朝、村の北の道を馬の列が下りてきた。
隠れもしなかった。偵察の影が息を潜めていたのが嘘のように、堂々と。灰色がかった外套を纏った男たちが、整然と村へ入ってきた。先頭の一騎が村の広場で馬を止める。
その顔を見て、セイルは足がすくんだ。
グレゴル・ザイン。
都の路地で自分を網にかけようとしたあの男。記録に存在しない第七公理庁の。若くも老いてもいない、どこにでもいそうな研究者然とした佇まい。だがその目だけが――この最果ての村に立ってなお、人を一個の式としてしか見ていなかった。
「ロウラント君」グレゴルはセイルを認めると、穏やかに言った。「やはりここにいたか。読みどおりだ。君は自分の出どころへ帰る。観測器は、自分が観測されたがる」
村の者たちが家々の戸の陰からおそるおそる様子をうかがっていた。
よそ者の物々しい列。それが、村の子であるはずのセイルに用があるらしい。村の空気が凍りついていた。
「何の用だ」セイルは声を絞り出した。
「用件は二つ」グレゴルは指を二本立てた。計器に数値を打ち込むような、感情のない口調で。「一つ。あの石を検める。大陸で最も魔力の薄い地で独りでに灯った境界石。今また目を覚ましかけている。これは我々が何十年も追ってきた現象だ。国家の管理下で観測せねばならん」
「二つ目は」
「君だ」グレゴルは言った。「石を視られる唯一の眼。石とともに君を連れて帰る。――無論、君の同意は求めていない」
セイルの背に冷たいものが走った。
石を検め、自分を連れ去る。村ごと踏み荒らして。そしてそれはどこにも記録されない。この村で何が起きたかも、自分がどこへ消えたかも。すべてなかったことにされる。あの男たちはそういう連中だった。
「断る」セイルは言った。都の路地で言ったのと同じ言葉を。
「ああ」グレゴルはわずかに頷いた。「君はそう言うだろうと思っていた。前回もそうだった。逃げ足も見事だった。――だが、ここは都の路地とは違う」
グレゴルはゆっくりと村を見回した。
その視線が何を意味するのか、セイルには痛いほど分かった。
逃げれば村がどうなるか。
「君は逃げられる」グレゴルは淡々と続けた。「君の眼があれば、我々の術も読めよう。一人でならまたすり抜けられるかもしれん。――だが、君は逃げない。逃げればこの村に累が及ぶと分かっているからだ」
セイルは唇を噛んだ。
そのとおりだった。自分一人なら視て逃げられる。だがハルダがいる。ティナが、ロウが、ゴルド爺が、村の者たちがいる。自分が逃げれば、この男は村を人質に取る。石を検めるという名目で、村を踏みつぶす。
「卑怯だ」セイルは言った。
「卑怯」グレゴルはその言葉を味わうように繰り返した。「私はただ最も効率のよい手を選んでいるだけだ。竜級の謎を解けば、いずれ何千何万の命が代償を払わずに済む。そのために、一つの村のわずかな不便を天秤にかける。――それのどこが卑怯かね」
感情のない声だった。だからこそぞっとした。この男は悪意で動いているのではない。本気で自分が正しいと信じている。探究のためなら、人も村も必要な代価だと。
セイルは視た。
閉じて、絞って、向ける。グレゴルのその背後。広場の縁に散った男たち。その手の中に、術式が薄く組み上げられつつあった。まだ発動はしていない。だが、いつでも村を囲える構えだった。
力では勝てない。魔力を流せぬ自分には、あの術を破る手立てはない。
だが――視えていた。どこに術の要があるか。どう組まれ、どこが薄いか。
それだけが今、自分にできることだった。
「猶予をやろう」グレゴルは言った。意外な言葉だった。「あの石はまだ完全には灯っていない。脈動は日に日に高まっているが、臨界には間がある。――その臨界が来るまで。君が自分の意志で我々とともに来るなら、村には手を出さん」
「臨界」
「石が本格的に灯るその瞬間だ」グレゴルの目が初めて熱を帯びた。研究者の底知れぬ熱を。「そのとき、灰櫟の灯りは再び起きる。前のときよりはるかに大規模に。それを国家の管理下で観測する。そのために君が要る。――石が灯るまでに決めたまえ。来るか。それとも、村ごと巻き込まれるか」
グレゴルは踵を返した。
「我々は村の外で待つ。石が答えを出すまで」
男たちは来たときと同じように、整然と村の北へ引いていった。広場には、凍りついた村の空気と立ち尽くすセイルだけが残された。
その夜、セイルは斜面の石の前に立った。
石は脈打っていた。一打ちごとにほんのわずかずつ高く。グレゴルの言うとおり、臨界へ向かって。あと何日か。あるいは何日もないのかもしれない。
北には学問の影。村の外で石が灯るのを手ぐすね引いて待っている。
そして――西には。
肌のもう一方で神秘の手がまだ近づいていた。あの鍵守の。鍵は開けておくと言った男の。
二つの締め切りが同時に迫っていた。石の臨界と、追っ手の到着が。
ヴェントさんはいない、とセイルは思った。都で今夜はまだ味方だと言ってくれたあの人は。ここにはいない。
独りだった。
いや――独りではなかった。村があった。守るべき村が。それが独りでいるよりずっと重く、ずっと動けなかった。




