表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
視竜 〜最弱の眼、最強を射抜く〜  作者: Studio Yodaca
霧のひく辺境で

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/12

中央から来た男

「――おい君っ」


 肩を強く掴まれた。


 視界が石の表面へ引き戻される。光の奥の途方もない深さは、瞬きひとつのあいだに薄れ、あとにはただ、淡く光る石柱と荒い自分の息だけが残った。


 膝が震えていた。立っているのがやっとだった。掴まれた肩から、見知らぬ手の体温が伝わってくる。それでようやくセイルは、自分がどこにいるのかを思い出した。村はずれの斜面。夜。光る石。そして――


 振り返ると見慣れない男が立っていた。


 村の者ではない。旅装の上に、村では見ないきちんとした外套を羽織っている。布の織りが、村の誰のものとも違う。歳は若い。セイルより十ほど上だろうか。けれどその目だけが、年齢に似合わぬ鋭さで、セイルの顔と背後で光る石とを、信じられないものを見るように何度も往復していた。


 いつからそこにいたのか。セイルは男の足音に、まるで気づかなかった。それくらいあの光に呑まれていた。


「君は……いま何を視た」


 男の声は低く、かすかに震えていた。咎める響きではなかった。むしろ――何かを確かめたくて、言葉のほうが先に出てしまった。そういう問い方だった。


 セイルは答えられなかった。何を視たのか自分でも分からない。光の奥にあった、あの途方もなく古い気配。あれをどう言葉にすればいいのか。分からない。分からないのに、口にしてはいけないことだけはなぜか分かった。言えば何かが決定的に変わってしまう。そんな予感がした。


 黙っているセイルを、男はしばらく見つめていた。やがて問いを引っ込めるように、ふっと息を吐く。


 男はそれ以上は問わなかった。代わりにゆっくりと石へ目を移し、ひとりごとのように呟いた。


「薄魔力の辺境で境界石(きょうかいせき)がひとりでに灯る……そんなものは報告のどこにも無い」


 報告。境界石(きょうかいせき)。聞き慣れない言葉だった。村では誰もあの石をそんなふうには呼ばない。「視る石(みるいし)」としか。


 光はもう消えかけていた。


 石は再びただの黒ずんだ石柱に戻ろうとしている。何事もなかったかのように。脈打っていた光が、潮が引くようにゆっくりと薄れ、やがて夜の闇に溶けた。あとに残ったのは、いつもの何の変哲もない石柱だった。


 だがセイルの肌には、まだあの引かれる感触が残っていた。指先までしびれるように。あれは自分を呼んだ。村のはずれの誰も来ない斜面で、ずっと――いつから?


 幼い頃、初めてこの石の前で動けなくなったあの日から。いやもっと前から。生まれるより前から、あの石は自分を待っていた。そんなありえない考えが、頭の隅をよぎった。


「……ヴェント・サージュだ」男が名乗った。外套の襟を正しながら、改まった声で。「中央の魔法院(まほういん)の者だ。辺境の魔力地理を調べに来た。……まさかこんなものを見ることになるとは」


 セイルはその名を知らなかった。中央が何なのかも魔法院(まほういん)が何なのかも、このときの彼はまだ知らない。ヴェント・サージュという名前が、これから自分の人生をどこへ連れていくのかも。


 ただひとつだけ確かなことがあった。


 この男は見た。石が光るのを。そして自分が――村でただ一人「視る石(みるいし)みたいな子」と呼ばれてきた自分が――その光に呑まれていたのを、はっきりと見た。


 明日になれば、村の誰かもこの異変に気づくだろう。光った石のことが村に広まる。そうなれば、人々はきっと噂する。あの夜、視る石(みるいし)みたいな子が石のそばにいたと。


 便利な勘なら頼りにされた。だがこれは違う。石がひとりでに光ったのだ。そんなものは村にとって、「祟り」でしかない。そして祟りの噂が立てば、「視る石(みるいし)みたいな子」はもう遠巻きにされるだけでは済まない。


 セイルは自分の居場所が、いま静かに崩れ始めたのを感じていた。


 冷たい夜風が斜面の枯れ草を撫でて通り過ぎた。ヴェントはまだ石を見つめている。セイルはその横顔から目をそらし、暗い村のほうへ視線を落とした。


 どの家にもまだ明かりは灯っていない。村は何も知らずに眠っている。


 その静けさがなぜかひどく遠いものに感じられた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ