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視竜 〜最弱の眼、最強を射抜く〜  作者: Studio Yodaca
霧のひく辺境で

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7/13

灯る石

夜の灰櫟村(はいれきむら)は世界の果てのように静かだった。


 寝つけなかった。


 昼間のティナの言葉が、まだ胸の底に残っている。変なあんたがあんた――その言葉を何度も裏返しているうちに、いつのまにか夜は更けていた。寝床で寝返りを打つたび、薄い毛布が冷たい場所に触れる。隣の寝床では、ハルダの規則正しい寝息が聞こえていた。


 セイルはそっと身を起こした。


 起こさないように土間へ降り、水甕から水を一杯飲む。冷えた水が火照った頭の中を、少しだけ静めてくれた。それでも眠気は戻ってこない。


 板戸を音を立てないように開ける。


 外の冷気が頬を刺した。空には厚い雲。月も星も見えない。村は深い闇に沈み、どの家からも明かりは漏れていない。みなとうに眠っている。


 冷たい夜気が火照った頭にちょうどよかった。少し歩こうとセイルは思った。


 そしていつものように足は村はずれの斜面へ向かう。


 夜にここへ来るのは初めてではなかった。眠れない夜、セイルはよくこの斜面の下まで来て、ただ石を遠くから眺めて帰る。近づきはしない。昼間に近づけないものに、夜近づけるはずもない。それでもここに来ると、なぜか少しだけ呼吸が楽になった。それが自分なりの折り合いのつけ方だった。


 斜面を見上げてセイルは足を止めた。


 その夜石はいつもと違った。


 はじめセイルは、月明かりが雲の切れ間から差したのだと思った。斜面の上の石がほのかに白んで見えたからだ。だが空を仰いでも、雲は厚く垂れこめたままで、月のかけらも覗いていない。星ひとつ見えない。


 光は石そのものから滲んでいた。


 心臓がひとつ大きく鳴った。


 気づいたときには、もう一歩踏み出していた。淡い光は消えそうで消えず、脈を打つようにゆっくりと強さを変えながら、確かにそこに在った。蛍火のようでもあり、もっと深いもののようでもある。火ではない。灯火精の光とも違う。こんな光を、セイルは一度も見たことがなかった。


 夢ではないかと思った。頬をつねるかわりに冷たい夜気を深く吸い込む。痛いほど冷えた空気が肺を満たす。夢ではない。


 足が勝手に石へ近づいていく。やめろと、頭のどこかが言っている。昼間でさえ近づけなかった石だ。それが光っている。近づいていいはずがない。それでも足は止まらなかった。


「……なんだこれ」


 声が掠れた。


 石まであと数歩というところで、肌のざわつきが――いつものあの皮膚の下がうごめく感覚が――急に深く強くなった。これまで感じたどれとも桁が違う。ざわつきではない。引かれている。確かに引かれていた。石の奥の、見えないどこかへ。


 逃げなければと思った。同時に、もっと近くで視たいとも思った。相反する二つの衝動に、体が引き裂かれそうになる。


 そして視えた。


 うまく言葉にできない。光の奥に奥行きがあった。石の厚みではない、もっとずっと遠い場所から、何かがこちらを向いている。向けているのではなく――もとからそこに在って、ただ今夜だけ、こちらと向き合う角度に合わさったような。


 そこに何が在るのか、セイルには分からなかった。


 形もない。色もない。ただ――途方もなく古い何かが、ずっと前からそこに在った。いつからかも分からないほど昔から。それが今夜、初めて目を開けた。気配だけが、彼の身の内をまっすぐに通り抜けていく。


 昼間、夕日の中で感じたあの懐かしさ。あれの何十倍も深いものが、いま光の奥から押し寄せていた。


 懐かしいと思った。それだけで喉の奥が塞がるようだった。


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