房の儀礼
「来るか」
ある夜、ヨナがまた訪ねてきてぶっきらぼうに言った。
「房の集まりがある」ヨナは目を逸らしたまま言った。「カインさんがあんたを連れてこいって。――見てみろよ。おれたちが何を守ってるのか。それを見てから断るなら断れ」
セイルは迷った。神秘の内側へ。足を踏み入れること。だが――知りたいという気持ちが勝った。自分を再来だと呼ぶ者たちが何を信じているのか。それを見ずにただ畏れているだけではいられなかった。
セイルはヨナについていった。
房は学院街からずいぶん離れた地下にあった。
古い酒蔵のその奥。隠し扉の向こう。蝋燭の灯りに照らされた石造りの地下室。そこに十数人の人影が集まっていた。老人も若者も。身なりもまちまち。だが皆共通して――ひそやかな信仰の気配をまとっていた。
学問の都のまばゆい魔晶石の灯りとはまるで違う、暗い温かい灯り。
「ここが」ヨナが囁いた。「房だ。おれたちの居場所だ。学問に弾かれた者の」
セイルはその部屋を見回した。
弾かれた者たち。学問の明るい都からこぼれ落ちた者たち。彼らはここで寄り添っていた。古い神秘の知を守りながら。学問が捨て去った祖型への直接の道を。
やがて一人の年老いた女が部屋の中央に進み出た。
房の長らしかった。鍵守とヨナが囁いた。黒い鉄の鍵を首から下げていた。秘儀の継承の証。
女は低く古語の一節を唱え始めた。
セイルの肌がざわついた。
その書けない言葉の響きが地下室に満ちていく。一人が唱え、また一人が和す。古語の真名。祖型への呼びかけ。その声が重なり合って――地下室の空気そのものが薄く、どこかへ繋がっていくのがセイルには視えた。
学問の術式の整然とした流れとはまるで違った。もっと生々しく、古く、そして――重かった。声を紡ぐ者たちのその身から、何かが削られていくのが視えた。魔力ではない。もっと深いもの。寿命のほんの一片か。あるいは生命の熱か。
代償だとセイルは悟った。
「視えるか」
声がして振り向くと、カイン・ノクスがいつのまにか傍らに立っていた。鍵守の上に立つ者。黒い炎を操るあの男。
「学問は」カインは静かに言った。「代償を計量する。等価交換だ何だと。だが我々は――計量しない。引き受けるのだ。祖型に語りかけるにはこちらも何かを差し出さねばならん。寿命を。熱を。ときには命を。それを覚悟なき者には祖型は応えない。我々はその覚悟を戒として継いでいる」
セイルは唱え続ける徒たちを視た。
彼らは確かに、何かを削りながら祖型に語りかけていた。安全な学問の術式とは違う。重い代償を厭わずに。覚悟をもって。それは――愚かにも見えた。だが同時に、ある種の清々しさもあった。逃げずに引き受けるという。
「美しいだろう」カインは言った。「これが神秘だ。お前を測ろうとはしない。お前を化け物とも呼ばない。ただ――同じ覚悟を分かち合う同胞として迎える。学問の都にはなかったものだ。違うか」
その言葉は半分正しかった。
セイルはそれを認めずにはいられなかった。ここには温かさがあった。弾かれた者同士の寄り添い。覚悟を分かち合う信仰。学問の都のあの冷たい序列とは違う何かが。
もし――自分が神秘を選んでいたら。ここに居場所があったのかもしれない。ヨナのように。弾かれて、救われて、感謝して。
だが。
セイルはふと気づいた。カインの目が自分を見るその目つきに。それはヨナを見る目とも他の徒を見る目とも違っていた。もっと特別な何か。期待。あるいは――値踏み。
「あんたたちは」セイルは低く訊いた。「資格のない者には秘儀を見せないんだろう。秘匿の戒っていうのがあるって。なのになんでおれをここに入れた」
カインの薄い笑みが深くなった。
「お前は」カインは言った。「ただの資格なき者ではない。お前は――再来だ。失われた接続者の。我々が何百年も待っていた者の。だから戒を曲げてでも迎える価値がある」
再来。
その一語にセイルの温かい気持ちがすっと冷えた。
やはりそうだった。カインは自分をセイル・ロウラントとして迎えているのではなかった。再来という物語の器として迎えていた。ヨナのように一人の弾かれた者としてではなく。何百年も待たれていた、伝説の再来として。
学問は自分を化け物と呼んだ。記述できない異常として。神秘は自分を再来と呼ぶ。物語に押し込めて。
どちらも――セイル・ロウラントというただの自分を見てはいなかった。
温かさは本物だった。だがその温かさは自分そのものに向けられたものではなかった。再来という幻に向けられていた。
セイルは唱え続ける徒たちをもう一度視た。彼らの覚悟は美しかった。だが自分は――この器に収まることはできなかった。再来でもなく。化け物でもなく。ただ自分として立つには。ここは温かすぎて、そして自分を別のものにしようとしすぎた。
房を出るとき。
ヨナが見送りに出てきた。
「どうだった」ヨナは訊いた。少し期待を込めて。
「あんたたちの覚悟は」セイルは正直に言った。「すごいと思った。学問にはない温かさもあった。――でもおれは再来じゃない。カインさんは再来を迎えてた。おれをじゃない」
ヨナの顔が複雑に歪んだ。
「……だよな」ヨナはぼそりと言った。「おれもちょっと思ってた。カインさんはあんたを特別扱いする。おれたちとは違う扱いで。――でもおれはそれでいいと思ってた。あんたは特別だから。再来なんだから」
「おれは」セイルは言った。「再来でいたくない。ただのセイルでいたい。それだけなんだ」
ヨナはしばらく黙っていた。それからふっと目を伏せた。
「……分かんねえ」ヨナは低く言った。「あんたが何を悩んでるのか。欲しがられてるのに。再来って呼ばれてるのに。――でもあんたがそれを嫌だって言うなら。たぶんそれも本当なんだろうな」
その不器用な受け止め方が。セイルの胸に染みた。
ヨナは分からないと言った。だが――押しつけはしなかった。再来であれとは言わなかった。それだけで十分だった。神秘の温かさの中で、ただ一人ヨナだけが、セイルを再来でなくセイルとして見ようとしかけていた。
地下の闇から地上へ戻ると、都のまばゆい灯りが目に痛かった。冷たいけれど明るい学問の都。温かいけれど暗い神秘の房。そのどちらにも、セイルは完全には属せなかった。半分ずつのまま。狭間に立ったまま。




