狩りの隊商
「おう坊主! 生きてたか!」
学院街の荷揚げ場でその大声に呼び止められた。
振り返ると、恰幅のいい髭面の男が笑っていた。革を陽に焼いた隊商の男。どこかで見た顔だった。
「バラクだ」男は自分の胸を叩いた。「忘れたか。お前が村を出て中央へ上ってくる途中ですれ違ったろう。サージュ先生と一緒のとこを。峠は冷えるぞと言ったのはおれだ」
思い出した。村を出て間もなく、街道ですれ違ったあの隊商。その先頭にいた恰幅のいい男。それが、このバラクだった。
「あれから半年か」バラクは感慨深げに言った。「あのときの痩せた坊主が、中央でやってるとはな。――どうだ。中央はどうだ」
「難しいです」セイルは正直に言った。「落第しました。けどまだ聴講で残ってます」
「はっはっは正直だな」バラクは豪快に笑った。「いいさいいさ。辺境の坊主が中央で生き残るのは楽じゃない。それでもまだいるってんだから大したもんだ」
バラクは辺境と中央を行き来する隊商の頭だった。各地の噂も物資も運ぶ。辺境の村にとっては、外の世界との数少ない窓。
「ロウラントのほうは」セイルは思わず訊いた。故郷の州の名。「最近どうですか。何か変わったことは」
「ロウラントか」バラクは髭を撫でた。「そうさなあ。相変わらず貧しいさ。だが――そういや、妙な噂を聞いたな。お前の村のもっと奥のほうで、家畜がわけもなく弱るとか。井戸が濁るとか。辺境の与太話さ。気にすることもない」
セイルの肌がざわついた。
家畜が弱る。井戸が濁る。それは――いつか自分が村で目にすることになる、光景だった。だがこのときのセイルは、まだそれを知らなかった。ただ漠然と、胸の奥がざわついただけだった。
そのバラクの隊商が街道で魔物に襲われかけたというのだ。
ガウェルが実習を兼ねて討伐に向かうことになった。聴講生も何人か同行を許された。セイルもヨルグと一緒にその列に加わった。
「街道沿いの魔物だ」ガウェルが道々説明した。「隊商を狙う。荷の魔力を嗅ぎつけてな。下級だが群れると厄介だ」
現場に着くと、バラクの隊商が岩陰に身を寄せていた。駄獣が怯えて騒いでいる。その先の街道に――黒い影がいくつも蠢いていた。
「よし」ガウェルが術式の構えを取った。「ヨルグ。お前もやってみろ。実地は初めてだな」
「はい!」ヨルグが勇んで前に出た。
だがヨルグの動きは危うかった。
討伐の興奮に駆られていた。憧れの討伐者。その第一歩。ヨルグは勢い込んで魔物の群れに術式を放った。何匹かは討てた。だが――深追いした。群れの奥へ。
セイルの肌が悲鳴を上げた。
「ヨルグ戻れ!」セイルは叫んだ。「右の岩陰! そこに別の群れがいる! お前が深追いしたその先に!」
ヨルグがはっと足を止めた。そのすぐ先の岩陰から――黒い奔流が噴き出した。もしあと一歩踏み込んでいたら、ヨルグはその群れに巻かれていた。
ガウェルが間髪入れず術式を放った。奔流を焼き払う。ヨルグが尻もちをついて青ざめていた。
討伐はどうにか終わった。
「死ぬところだったぞ」ガウェルがヨルグを見下ろして言った。武骨な顔は厳しかった。「討伐者ってのは勇んで前に出ることじゃない。生きて帰ることだ。深追いは死を招く。――ロウラントがいなければお前は今ごろ魔力を吸われて倒れてた」
ヨルグがうなだれた。
「すげえ興奮しちゃって」ヨルグは消え入りそうな声で言った。「憧れの討伐だって。かっこよく決めようって。――現場がこんなに怖いものだなんて」
「怖いものだ」ガウェルは短く言った。「それを忘れた討伐者から死んでいく。覚えておけ」
セイルはその光景を見ていた。
ヨルグの若さ。現場を知らない憧れだけの勇み足。それがいかに危ういか。討伐者ガラムの系譜だというガウェルの慎重さと好対照だった。勝てぬ相手からは退く。深追いはしない。生きて帰る。それが本物の討伐者だった。
帰り道、バラクがセイルに礼を言った。
「お前のおかげでうちの後輩も命拾いした」バラクは言った。「いやお前すごいな。あの群れの奥が視えたのか。――そういや辺境の連中もたまにいるな。土地の気配に妙に敏い奴が。猟師とか鍛冶とか。お前もそういう血筋かもな」
土地の気配に敏い者。
セイルはふと村のことを思った。村の猟師のロウ。鍛冶のダルケ。彼らも確かに土地の異変を体で察した。自分の「視る」も――もしかしたらその延長線上にあるのかもしれなかった。学問でも神秘でもない、辺境の土着の感受性の。
その考えは奇妙にセイルを慰めた。
自分の異才は村では気味悪がられた。だがそれは孤立した化け物の力ではないのかもしれない。辺境の土地に根ざした勘のその極まった形なのかもしれない。
バラクの隊商と別れ、学院への道をセイルは歩いた。視ることがまた一つ誰かを救った。その手応えを今度は少しだけ素直に受け止められた。
まだ知らなかった。この「視る」がほどなくもっと大きな事件で試されることを。憧れの天才が届かぬ天井をこじ開けようとして――暴走するその日がすぐそこまで来ていることを。




