表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
視竜 〜最弱の眼、最強を射抜く〜  作者: Studio Yodaca
鐘の鳴る夜

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
49/72

同郷の先達

「お前辺境の出だってな」


 食堂でネルの粥をすすっていると、向かいに一人の上級生が腰を下ろした。


 日に焼けた骨ばった顔。学院の身なりだが、どこか垢抜けない。中央の家名持ちの学徒とは、違う匂いがした。


「シグ・トールン」上級生は名乗った。「おれも辺境の出だ。お前のこと噂で聞いてな。気になって」


 辺境の出。その一言で、セイルは奇妙な親しみを覚えた。中央に来てから初めて会う、同じ匂いの者だった。


灰櫟村(はいれきむら)です」セイルは言った。「ロウラント辺境州ロウラントへんきょうしゅうのいちばん奥の」


「ほう、ロウラントか。おれはもっと北の痩せた村でな」シグはけらけらと笑った。「お互いよくまあ、こんな都まで出てきたもんだ。家名もなけりゃ銭もない。辺境者が中央で生きていくってのは――まあお前も、もう分かってるだろう」


「落第したんだってな」シグは粥をすすりながら言った。「気にすんな。おれも最初の評価はぼろぼろだった。辺境じゃ、まともな教育なんて受けられん。中央の連中は子どものころから家庭教師がついて、魔法塾に通って、そりゃ差がつくさ」


「シグさんは」セイルは訊いた。「どうやってここまで」


「死ぬ気でやったよ」シグはあっさり言った。「家名のある奴の三倍は。あいつらが遊んでる間に、おれは机にかじりついた。それでやっと人並みだ。――でもな」


 シグの声に、ふと影が差した。


「人並みになっても。結局家名のある奴には勝てん」シグは低く言った。「成績が同じなら、家名のある奴が選ばれる。いい職に就くのも、いい縁談も、推薦も。最後の最後でものを言うのは、血筋だ。――おれはそれを思い知った」


 セイルはシグの顔を視た。


 疲れていた。そして諦めがあった。死ぬ気で努力して、人並みになって。それでも越えられない壁。家名という、生まれついての壁。シグはその壁の前で、長いこと立ち尽くしてきたのだ。


「じゃあ」セイルは訊いた。「報われないんですか。どれだけやっても」


「報われる報われないじゃない」シグは首を振った。「ただ立ってるだけだ。辺境に帰っても、もう居場所はない。村の暮らしには戻れん。かといって、中央で上にも行けん。――どっちつかずの場所で、ただ生きてる。それが辺境者が中央に出るってことの、正体だ」


 どっちつかず。


 その言葉が、セイルの胸に刺さった。


 辺境に帰っても居場所がない。中央でも上に行けない。どちらにも属せない中間。シグはそれを、身分の壁の話として言っていた。だがセイルには――それが自分のもっと深いところの話のようにも、聞こえた。


 学問にも神秘にも属せない。村にも中央にも馴染めない。どこにも自分の場所がない。


 シグは身分ゆえに、どっちつかずだった。自分は――異質さゆえにどっちつかずだった。形は違うが、根は同じ場所に立っているのかもしれなかった。


「でも」セイルは言った。「シグさんは村に帰りたいですか」


 シグはしばらく考えた。


「帰りたいような。帰りたくないような」シグは苦笑した。「村の霜の匂いは恋しい。だが村の連中とは、もう話が合わん。おれは中央を見ちまったからな。村の狭さも貧しさも知っちまった。――かといって、中央の洗練にもなじめん。中途半端な化け物だ。どっちの世界からも、半分はみ出してる」


 化け物。


 その言葉にセイルははっとした。


 シグは自分のことを化け物と言った。身分ゆえにどちらの世界からもはみ出した者。自嘲を込めて。だがその言葉は――村で自分が呼ばれてきたものと同じだった。


「おれも」セイルはつい言った。「村で化け物って呼ばれてました。違う意味でだけど」


 シグがちらとセイルを見た。それからふっと笑った。


「そうか」シグは言った。「なら、お前もこっち側だな。どっちつかずのはみ出し者の。――まあせいぜい気をつけろよ。中央ってのは、はみ出し者を利用するだけ利用して、用が済めば捨てる場所だ。お前みたいに妙な才のある奴は、特にな」


 シグは粥を食べ終えると立ち上がった。


「たまには話そうや」シグは言った。「同じはみ出し者同士。慰め合うくらいは、できるだろう」


 その背中を、セイルは見送った。


 シグの言葉が胸に残っていた。どっちつかずのはみ出し者。利用されて、捨てられる。


 あれは十年後の自分なのかもしれないと、セイルは思った。死ぬ気で努力して、それでもどこにも属せず。中央にも村にも馴染めず。ただ中途半端な場所で、立ち尽くす。


 いや――自分はシグよりもっと悪いのかもしれなかった。シグは身分の壁ゆえに、どっちつかずだった。それはまだ分かりやすい壁だった。だが自分は――異質さゆえに、誰にも理解されない。身分ならまだ同情される。だが異質さは、ただ気味悪がられるだけだ。


 シグは反面教師なのか。それとも唯一、自分の立つ場所を分かってくれる兄貴分なのか。


 まだ分からなかった。だがこの広い都でもう一人はみ出し者がいると知っただけで、ほんの少しだけ足元がましに思えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ