同郷の先達
「お前辺境の出だってな」
食堂でネルの粥をすすっていると、向かいに一人の上級生が腰を下ろした。
日に焼けた骨ばった顔。学院の身なりだが、どこか垢抜けない。中央の家名持ちの学徒とは、違う匂いがした。
「シグ・トールン」上級生は名乗った。「おれも辺境の出だ。お前のこと噂で聞いてな。気になって」
辺境の出。その一言で、セイルは奇妙な親しみを覚えた。中央に来てから初めて会う、同じ匂いの者だった。
「灰櫟村です」セイルは言った。「ロウラント辺境州のいちばん奥の」
「ほう、ロウラントか。おれはもっと北の痩せた村でな」シグはけらけらと笑った。「お互いよくまあ、こんな都まで出てきたもんだ。家名もなけりゃ銭もない。辺境者が中央で生きていくってのは――まあお前も、もう分かってるだろう」
「落第したんだってな」シグは粥をすすりながら言った。「気にすんな。おれも最初の評価はぼろぼろだった。辺境じゃ、まともな教育なんて受けられん。中央の連中は子どものころから家庭教師がついて、魔法塾に通って、そりゃ差がつくさ」
「シグさんは」セイルは訊いた。「どうやってここまで」
「死ぬ気でやったよ」シグはあっさり言った。「家名のある奴の三倍は。あいつらが遊んでる間に、おれは机にかじりついた。それでやっと人並みだ。――でもな」
シグの声に、ふと影が差した。
「人並みになっても。結局家名のある奴には勝てん」シグは低く言った。「成績が同じなら、家名のある奴が選ばれる。いい職に就くのも、いい縁談も、推薦も。最後の最後でものを言うのは、血筋だ。――おれはそれを思い知った」
セイルはシグの顔を視た。
疲れていた。そして諦めがあった。死ぬ気で努力して、人並みになって。それでも越えられない壁。家名という、生まれついての壁。シグはその壁の前で、長いこと立ち尽くしてきたのだ。
「じゃあ」セイルは訊いた。「報われないんですか。どれだけやっても」
「報われる報われないじゃない」シグは首を振った。「ただ立ってるだけだ。辺境に帰っても、もう居場所はない。村の暮らしには戻れん。かといって、中央で上にも行けん。――どっちつかずの場所で、ただ生きてる。それが辺境者が中央に出るってことの、正体だ」
どっちつかず。
その言葉が、セイルの胸に刺さった。
辺境に帰っても居場所がない。中央でも上に行けない。どちらにも属せない中間。シグはそれを、身分の壁の話として言っていた。だがセイルには――それが自分のもっと深いところの話のようにも、聞こえた。
学問にも神秘にも属せない。村にも中央にも馴染めない。どこにも自分の場所がない。
シグは身分ゆえに、どっちつかずだった。自分は――異質さゆえにどっちつかずだった。形は違うが、根は同じ場所に立っているのかもしれなかった。
「でも」セイルは言った。「シグさんは村に帰りたいですか」
シグはしばらく考えた。
「帰りたいような。帰りたくないような」シグは苦笑した。「村の霜の匂いは恋しい。だが村の連中とは、もう話が合わん。おれは中央を見ちまったからな。村の狭さも貧しさも知っちまった。――かといって、中央の洗練にもなじめん。中途半端な化け物だ。どっちの世界からも、半分はみ出してる」
化け物。
その言葉にセイルははっとした。
シグは自分のことを化け物と言った。身分ゆえにどちらの世界からもはみ出した者。自嘲を込めて。だがその言葉は――村で自分が呼ばれてきたものと同じだった。
「おれも」セイルはつい言った。「村で化け物って呼ばれてました。違う意味でだけど」
シグがちらとセイルを見た。それからふっと笑った。
「そうか」シグは言った。「なら、お前もこっち側だな。どっちつかずのはみ出し者の。――まあせいぜい気をつけろよ。中央ってのは、はみ出し者を利用するだけ利用して、用が済めば捨てる場所だ。お前みたいに妙な才のある奴は、特にな」
シグは粥を食べ終えると立ち上がった。
「たまには話そうや」シグは言った。「同じはみ出し者同士。慰め合うくらいは、できるだろう」
その背中を、セイルは見送った。
シグの言葉が胸に残っていた。どっちつかずのはみ出し者。利用されて、捨てられる。
あれは十年後の自分なのかもしれないと、セイルは思った。死ぬ気で努力して、それでもどこにも属せず。中央にも村にも馴染めず。ただ中途半端な場所で、立ち尽くす。
いや――自分はシグよりもっと悪いのかもしれなかった。シグは身分の壁ゆえに、どっちつかずだった。それはまだ分かりやすい壁だった。だが自分は――異質さゆえに、誰にも理解されない。身分ならまだ同情される。だが異質さは、ただ気味悪がられるだけだ。
シグは反面教師なのか。それとも唯一、自分の立つ場所を分かってくれる兄貴分なのか。
まだ分からなかった。だがこの広い都でもう一人はみ出し者がいると知っただけで、ほんの少しだけ足元がましに思えた。




