沢の後日譚
遺物のかけらが出てから幾日かが過ぎた。
あの黒い石片はガウェルの言葉どおり、院の管理下に収められたという。だがヴィッカの言ったことも本当だった。遺物が出たという噂は、瞬く間に広まっていた。聴講生たちの間でも、あの沢で何が出たか、誰が拾ったか、まことしやかな話が飛び交っていた。
「セイル、聞いた?」ヨルグが息せき切って駆け寄ってきた。「沢の遺物のこと、街でも噂になってるんだ。それでさ――おれたちのところにも変な話が来てるんだよ」
その「変な話」の主は思ったとおりヴィッカだった。
学院の裏手の人気のない路地。商人風の男が薄く笑って待っていた。
「これはターヴの坊や。それに――視る目のお若いのもご一緒で」
ヴィッカの目が、セイルを舐めるように見た。あの日ガウェルの後ろで遺物を視ていた自分を、この男は覚えていた。
「いい話がありましてね」ヴィッカは懐から布包みを取り出した。「沢で出たのと同じ筋の遺物が、もう一つ手に入りましてね。本来なら然るべき御方にお売りするものですが。――どうです。学院のお若い方なら、研究の足しにと安くお譲りしますよ」
布が開かれた。
中にあったのは黒ずんだ石のかけら。あの日の遺物とよく似た古い文様が刻まれていた。大きさも色も瓜二つ。ヨルグが目を輝かせた。
「これ本物? あの沢のとそっくりだ」
「もちろん本物で」ヴィッカはよどみなく言った。「神秘時代の確かな品。祖型の力を宿しております。お疑いなら視ていただいて結構」
視ていただいて結構。
その一言がセイルの中で引っかかった。
セイルはその石片を視た。
あの日の遺物には――奥があった。古い気配のその先へ、何かが繋がっていた。吸い込まれるような深さ。村の視る石と同じ質の奥行き。それが確かにあった。
だがこの石片には。
セイルは目を凝らした。肌のざわつきに神経を集めた。文様は似ている。古ぼけ方も似ている。だが――奥がない。表面のその下に、何も繋がっていない。気配が薄っぺらかった。古びた石を、それらしく削っただけの。
繋がりがないのだ。本物の遺物にあった、あの底へ吸い込まれるような奥への道が。
「これは」セイルはゆっくりと言った。「本物じゃない」
ヴィッカの笑みがわずかに固まった。
「……ほう」
「沢で出たやつには奥があった」セイルは石片から目を離さずに言った。「もっと深いところへ繋がってる感じが。でもこれには、それがない。表面を似せただけだ。中身が空っぽなんだ。――これは贋物だ」
しばらく沈黙があった。
やがてヴィッカが肩を揺らして笑い出した。心底可笑しそうに。
「いや、これは参った」ヴィッカは布包みをしまった。「本物の遺物なんざ、そうそう手に入りませんよ。これはよく出来た贋作でしてね。たいていの学者なら、文様と古さで騙される。探知術式にかけても、古い石としか出ない。――なのにあんたは、一目で見抜いた」
ヴィッカの目が初めて面白がる色を帯びた。
「あんた、いい目をしてる」ヴィッカは言った。「探知術式は有るか無いかしか測れない。本物か贋物かは出ない。だがあんたの目は、中身の奥行きまで視る。――こいつは商売の役に立つ目だ。覚えておきますよ」
それは褒め言葉のようで、ぞっとする言葉だった。この男は自分の目を、商売の道具として値踏みしていた。
「断る」セイルは短く言った。「おれはあんたの商売には関わらない」
「つれないねえ」ヴィッカは笑った。「まあいい。だが覚えておくといい。あんたのその目を欲しがる連中は、ほかにもいる。学問も。神秘も。みんな、あんたみたいな奥まで視える目を探してるんだ。――せいぜい安売りしなさんなよ」
ヴィッカが去ったあと。
ヨルグがぽかんと口を開けていた。
「すげえ……セイルあんた贋物見抜いたのか。おれ本物だと思ったぞ」
セイルは答えなかった。
胸の中にあったのは誇らしさではなかった。むしろ――冷たい確かさだった。
本物の遺物には奥があった。贋物にはなかった。その違いが、自分には視えた。それはつまり――村のあの石も。あの独りでに灯った石にも、確かに奥があったということだった。底へ吸い込まれるような、深い繋がりが。
あれは贋物ではなかった。本物だった。本物の――何かだった。
似ている。本物の遺物と村の石は。奥への繋がりという、その一点で。だが同じだとまでは、まだ言えなかった。言いたくなかった。
ただ贋物を一つ視たことで、本物の輪郭がいっそうはっきりしてしまった。それが、セイルを奇妙に落ち着かなくさせた。
そしてヴィッカの言葉が、耳に残っていた。あんたの目を欲しがる連中はほかにもいる。みんな探してる。
路地に夕風が吹き抜けた。セイルは布包みの消えた方向を、しばらく見ていた。




