遺物の出た沢
それが出たのはいつもの演習地のすぐ脇の崩れた沢だった。
影絡みの討伐を終え、坑道を出たところで、ヨルグが足元の崩れた土の中に何かを見つけた。
「先生! これ何だろう」
ヨルグが拾い上げたのは、黒ずんだ石のかけらだった。手のひらほどの大きさ。表面に、見たこともない古い文様が刻まれている。
ガウェルがそれを受け取った。武骨な顔がわずかに険しくなった。
「……遺物だな」ガウェルは低く言った。「神秘時代の。崩れた土の下から出たか。この辺りは、古い遺構が埋もれていると聞いたことがある」
遺物。セイルには馴染みのない言葉だった。
「神秘時代の道具だ」ヨルグが興奮した顔で教えてくれた。「今の魔法じゃ作れないやつ。祖型の力を直に宿してるんだ。すごく貴重で――そして危ない。扱うと、代償がいるって」
その遺物のかけらをセイルは視た。
視るつもりはなかった。だが肌が勝手に反応した。
そのかけらの奥に――覚えのある気配があった。
古い。途方もなく古い。そしてその奥へ、何かが繋がっている。吸い込まれるように。石の内側から、もっと深いどこかへ。
セイルの背筋がざわついた。
これは――村の視る石と似ている。
あの村はずれの斜面に立つ黒ずんだ石柱。半年前、独りでに灯ったあの石。あれとこの遺物のかけらは、同じ「質」の奥行きを持っていた。古さも。繋がり方も。
まさかと、セイルは思った。村のあの石も――遺物なのか。神秘時代の祖型の力を宿した道具。誰もただの古い言い伝えだと思っていた、あの石が。
だが確信はなかった。似ていると感じただけだった。同じだとまでは、視えなかった。
遺物のかけらを巡ってその日思わぬ来客があった。
演習地から学院へ戻る途中。街道の脇に、一人の男が待っていた。商人風の身なりだが、その目は抜け目なく鋭かった。
「ブラント先生」男は人懐こく笑った。だが目は笑っていなかった。「お久しぶりで。――いいものを、お持ちのようだ」
「ヴィッカ」ガウェルが低く言った。「相変わらず鼻が利くな。灰銭の手の商人が、こんなところに何の用だ」
「滅相もない」ヴィッカと呼ばれた男は大げさに手を振った。「ただの通りすがりですよ。――ですがその遺物のかけら。もしお入り用でなければ、手前がいい値で引き取りますよ。なに、然るべき買い手がいましてね」
セイルはヴィッカの周りの空気を視た。
学問の影とも神秘の手とも違った。もっとぬめりとした、利の匂い。この男は、どの陣営にも属していない。ただ銭になるものを嗅ぎつけ、売り買いする。遺物も禁制品も情報も。
「断る」ガウェルはにべもなかった。「遺物は院の管理下で処理する。お前のような闇の商人に渡せるか」
「おやおや、つれない」ヴィッカは肩をすくめた。「ですが先生。世の中には、その遺物を欲しがる御方がたくさんいましてね。公理庁も。神秘の連中も。――気をつけたほうがいい。遺物が出たという噂は、すぐに広まる。そして噂を聞きつけた連中は、院の許可なんぞ待っちゃくれませんよ」
ヴィッカはそれだけ言うと薄く笑って去っていった。
その後ろ姿を見送りながら、セイルは奇妙な寒けを覚えた。
遺物。祖型の力を宿した神秘時代の道具。それを巡って、いくつもの勢力が蠢いている。学問も。神秘も。そしてどの陣営にも属さぬ、灰色の商人まで。
そして――もし村のあの石が本当に遺物だとしたら。
あの石を巡っても同じことが起きるのだろうか。いつか。
セイルは村のことを思った。半年前、独りでに灯ったあの石。第七公理庁が調べに動いたという噂。書肆で聞いたあの話。それと今目の前で起きていることが、頭の中で薄く繋がりかけた。
だが――考えるなと、また自分に言い聞かせた。今は目の前のことだ。これはただの演習地で出た遺物のかけら。村の石とは関係ない。似ていると感じただけだ。それだけだ。
そう胸の奥に押し込めた。だがその蓋はまた少し浮きかけていた。
「ロウラント」
学院へ戻る道でガウェルがぽつりと言った。
「お前さっきあの遺物をじっと視ていたな」
セイルはどきりとした。
「何か視えたか」ガウェルは前を向いたまま訊いた。
「……古い気配が」セイルは正直に言った。「奥に何か繋がってる感じがしました。うまく言えないけど」
ガウェルはしばらく黙っていた。それから短く言った。
「遺物は危ない。お前のその目はたぶん、遺物のいちばん危ないところまで視えてしまう。――だから気をつけろ。あまり深く視るな」
その言葉は、いつかオルセンが言ったことと同じだった。深く視るな。近づきすぎるな。
武骨な実技教官と観相派の老教授。まるで違う二人が、同じことを自分に言っていた。視る力には、深入りしてはならぬ淵があると。
セイルは頷いた。だが胸の奥で、村の石のことがまだかすかにざわついていた。




