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視竜 〜最弱の眼、最強を射抜く〜  作者: Studio Yodaca
定理の都

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組めぬ二度目

それはガウェルのいない場所で起きた。


 討伐演習とは別の日。座学の一環として、術式の共同課題が出された。三人で一つの複合術式を組み、提出する。実地ではない机上の課題。だから武骨な実技教官は、この場にはいなかった。代わりに線の細い座学の講師が、形ばかり教室を見ているだけだった。


「では三人ずつ組を作りなさい」


 講師が気のない声で言った。それきり自分の書見に戻ってしまった。


 教室がざわめいた。


 学徒たちがめいめい組を作り始めた。仲のいい者同士。家格の近い者同士。声を掛け合い机を寄せていく。


 セイルは動かなかった。


 誰も自分に声をかけなかった。


 あの坑道の日。メイナが「化け物」と言ったあの日から。学徒たちの自分を見る目が、変わっていた。あからさまな排斥ではない。ただ――誰も近づいてこない。目を合わせない。組を作るとき、自分のいる一角だけぽっかりと空いている。まるでそこに、誰もいないかのように。


 ガウェルがいれば。あの武骨な教官がいれば、「組は私が決める」と抑えてくれた。だが今日はいない。抑える者のいない場所で――排除は声すら上げずに、ただ空気としてそこにあった。


「セイルこっち」


 トビーが手を挙げた。


 ほっとしてセイルはトビーの机へ向かった。だが――トビーの組はもう一人が必要だった。三人で一組。トビーとセイルとあと一人。


「誰か入らないか」トビーが周りに声をかけた。「あと一人いるんだ」


 学徒たちが目を逸らした。


 トビーの組に入るということは、セイルと同じ組になるということだった。誰もそれを望まなかった。気味の悪い落第者。化け物と噂される者。その隣に、自分の名を並べたくない。


「なあ誰か」トビーの声が少し上ずった。「ニケでもいいだろ。なあ、ニケ」


 飄々とした同期のニケ・ソルンが少し離れた席で肩をすくめた。だがニケが口を開く前に。


「やめときなよニケ」


 クレスの声が滑り込んだ。打算的な目で教室の空気を読みながら。


「ロウラントと組んだって知られると、面倒だぞ。アルヴォ先輩がいい顔しない。――お前も序列気にするだろ?」


 ニケは何も言わなかった。ただすまなそうにセイルをちらと見て、目を伏せた。ニケ自身に悪気はなかった。だが序列という見えない圧の前で、彼は動かなかった。動けなかった。


 結局トビーの組は二人のままだった。


 講師が見かねて形ばかりに言った。


「ロウラントとレーンは二人で組みなさい。複合術式は本来三人だが――まあ二人でもいい。提出だけしなさい」


 二人でもいい。


 その言葉が、何よりこたえた。セイルとトビーの組は、まともに数えてもらえなかった。三人を揃えられなかった。揃える価値がないとでもいうように。例外として、片隅に置かれた。


 メイナが後ろの席で薄く笑った。クレスも。彼らは何もしなかった。手も出さなかった。ただ空気を作っただけだった。そしてその空気は、ガウェルの一喝よりずっと根深く教室に染みていた。


「悪い」


 課題のあとトビーがぼそりと言った。いつもの威勢はなかった。


「おれがニケに声かけたから。かえってお前を目立たせた。クレスにつけ込まれた。――庇ったつもりで、お前を晒し者にしちまった」


「違う」セイルは首を振った。「お前は何も悪くない。お前だけだ。声をかけてくれたのは」


 トビーは唇を噛んだ。


「おれ思ったんだ」トビーは低く言った。「あの坑道のときは、ガウェル先生が抑えてくれた。でも先生のいないところじゃ、おれ一人じゃどうにもならない。声を上げても、誰も動かない。アルヴォとかロデリクとか――ああいう力のある奴がお前を見下してる限り、空気は変わらないんだ。おれがいくら騒いでも」


 その言葉にセイルは何も返せなかった。


 トビーは庇ってくれる。いつも。だがトビーには力がない。家格も。魔力の才も。座学での序列も。庶民の出の、ただの熱い友人。その熱さは、空気を動かせなかった。


 いつか、とセイルは思った。いつかトビーが、自分を庇いきれなくなる日が来る。トビーのせいではない。ただこの都の空気が――一人の友人の熱さではどうにもならぬほど、冷たいだけだった。


 その夜セイルは寝つけずに天井を見ていた。


 坑道で一度外された。ガウェルが収めた。だが収まってはいなかった。それは形を変えて、もう一度現れた。今度は声もなく。空気として。そしてたぶん、これで終わりではない。三度目が、四度目が来る。そのたびに抑える者はいなくなり、庇う者は無力になっていく。


 視えてしまうというだけで。魔力がないというだけで。


 排除は一度では済まなかった。じわじわと染み込むように繰り返され、そのたびに自分の居場所は、静かに削られていった。


 ピルの空いた席をまた思い出した。あのただ足りなかった者。彼は削られる前に自分から消えた。


 自分にはそれもできなかった。


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