視えて、間に合わぬ
二度目の討伐演習は別の沢で行われた。
前と同じ灰喰いの湧く窪地。だが今度は、ガウェルが聴講生にもより実地に近い役を割り振った。セイルは相変わらず教官の後ろ。だがもう一人――ピル・ハーロウが探知役の組に入れられていた。
ピルはセイルと似た境遇の同期だった。体内魔力が乏しい。術式も不得手。いつも自信なげに肩をすぼめている。違うのはただ一つ。ピルには、セイルのような「視る」がなかった。神秘の素質も何も。ただ魔力が足りないだけの――ごく普通の落ちこぼれだった。
「組に入れてもらえた」ピルは青い顔で、それでも少しだけ嬉しそうに言った。「ぼく、いつも足手まといだから。今日はちゃんと役に立たないと」
セイルはその横顔を見た。役に立たないと。同じ言葉を、自分もいつも胸の中で繰り返していた。
討伐は淡々と進んでいた。
学徒たちが窪地に降り、散らばった灰喰いを火術式で焼いていく。ピルの組も探知役として後方についていた。ピルは探知術式を懸命に唱えていた。だがその魔力は細く頼りなく――術は何度も不発に終わっていた。
セイルの肌がふいにざわついた。
窪地の右手。倒木の陰。そこに、小さいが密度の濃い群れの「塊」が潜んでいた。それが――ピルの組のほうへ、ゆっくりと向きを変え始めていた。
ピルの探知術式は、それを捉えていなかった。細い魔力では、倒木の陰の奥まで届かない。
「ピル!」セイルは思わず叫んだ。「右だ! 倒木の陰! 群れがそっちに向かってる!」
だが――遠かった。
セイルは教官の後ろ。ピルの組は窪地の向こう端。声は届いた。だがピルは術を唱えるのに夢中で、一瞬反応が遅れた。そしてセイル自身は――駆け寄ろうにも足がすくんだ。いや、すくんだのではない。駆けつけたところで、自分には術がない。群れを払う手立てが何もない。視えても――どうにもできなかった。
倒木の陰から灰色の塊が噴き出した。
ピルが巻かれた。
「ピル!」
灰色の奔流がピルの体を包んだ。魔力を吸われピルの膝が崩れる。探知術式の光がふっと消えた。ピルは声も出せずに灰色の渦の中で白目を剥きかけた。
セイルは駆け出した。だが間に合わない。距離が遠い。そしてたどり着いたところで自分には――何もできない。
その刹那。
ガウェルがセイルを追い抜いた。
武骨な体が信じられぬ速さで窪地を駆け下りる。教官の手から火術式が放たれた。狙いは正確だった。ピルを巻かず、群れの塊だけを焼く。長年の現場の技。灰色の渦が悲鳴のような音を立てて四散し、ピルの体が解放された。
ガウェルは崩れるピルを片腕で受け止めた。
「気を失っただけだ」教官は短く言った。「魔力を吸われた。だが命に別状はない」
演習はそこで打ち切られた。
ピルは担架で運ばれていった。気を失ったままだが息はあった。セイルはその担架の傍らをただついて歩くことしかできなかった。
「お前」ガウェルが歩きながら低く言った。「視えていたな。倒木の陰の群れを。誰よりも早く」
「……はい」セイルはうつむいた。
「だが間に合わなかった」
その言葉は責めていなかった。ただ事実を述べていた。だからこそ刃のようにセイルの胸に刺さった。
「お前の目は確かに視る」ガウェルは言った。「だが、視えることと救えることは別だ。お前は術を持たない。体もついてこない。視えても手が届かなければ――人は救えん」
セイルは何も言えなかった。
視えた。誰よりも早く。倒木の陰の群れの向き。ピルへ迫る塊。すべて視えていた。なのに――自分はただ、叫ぶことしかできなかった。救ったのはガウェルだった。自分ではなかった。
欠陥が力になりかけている。そう思いかけていた。視ることで誰かの役に立てると。だがそれは――半分だけの真実だった。視えても手が届かない。力のない、自分には。
その夜、セイルは医務室を訪ねた。
ピルは目を覚ましていた。青い顔のまま、寝台で力なく笑った。
「ごめん」ピルはかすれた声で言った。「セイル、教えてくれたのに。ぼくが遅かったから。あんたの声、聞こえてたんだ。でも術が……間に合わなくて」
「違う」セイルは首を振った。「お前のせいじゃない。おれが――視えてたのに、何もできなかったんだ」
二人はしばらく黙っていた。
魔力が足りないというだけで。ピルはここまで追い詰められる。神秘の素質もない。ただ普通に弱いだけの少年が、それでも役に立とうとして巻かれた。
そして自分は。神秘の素質という奇妙なものを持っていながら――それでもピルを救えなかった。
視えるか視えないか。素質があるかないか。そんな違いは、土壇場では何の意味もなさなかった。手が届かなければ。力がなければ。視えても視えなくても同じだった。隣の人間が巻かれていくのを、ただ見ているしかない。
「ぼくら」ピルがぽつりと言った。「似てるね。役に立ちたいのに、立てない」
セイルは答えなかった。ただ似ているという言葉が、奇妙に胸に染みた。違う種類の落ちこぼれ。だが手の届かなさだけは、同じだった。
医務室の窓の外で、テオレマの灯が冷たく滲んでいた。




