書肆の二冊目
セレナが書肆を再び訪れたのはそれから幾日かのちだった。
買った論文を読み終え、その先人が別の冊子を引いていることに気づいた。その元の一冊がほしい。そう言ってセレナは、またエルクの店へ足を運んだ。セイルも付き従った。
「またお前さんか」エルクは帳場から胡乱げに二人を見た。「観相のもの好きが二人も。今どき珍しいこった」
エルクが奥へ消えているあいだ。
セイルはまた店の片隅で、本の背を眺めていた。すると、また別の学生たちのひそひそ話が耳に入ってきた。
「――この前の辺境の石の話。あれ続きがあるんだ」
「石が灯ったってやつか」
「そう。で、調べてみたら面白くてさ。灯った石ってのは、境界石っていう神秘時代の遺物らしいんだ。普段はただの石柱。なんだが――もとは何かに繋がるための道具だったって説が、あるんだと」
「繋がる? 何に」
「さあ。そこがはっきりしない。祖型がどうのって難しい話でさ。とにかく神秘時代に、何かと何かを繋ぐために作られた。それが長い年月で、ただの石になった。でもごく稀に、昔の力を思い出したみたいに灯ることがある。――辺境のは、それじゃないかって」
「ほんとかよ」
「分かんないさ。古い話だ。ただそういう灯った石の話は昔からぽつぽつあるらしい。今度のが初めてじゃないって」
セイルは本の背を見つめたまま動けなかった。
何かと何かを繋ぐための道具。
その一言が胸の奥で別のものと重なった。
あの村の石。半年前、独りでに灯った視る石。あのとき自分は、光の奥を視た。奥へ何かが繋がっていく感覚を。沢で出た遺物も同じだった。沢の主の淀みも。どれも底の底のどこかへ、繋がろうとしていた。
繋がるための道具。
まさにそれだった。自分が肌で視たものは。
灯った石の話は昔からぽつぽつある。今度のが初めてじゃない。――その言葉も胸に刺さった。村の石は、特別な一度きりの出来事だと思っていた。だが違うのか。過去にも同じことが起きていたのか。だとしたら、なぜ。そしてなぜ、よりにもよってあの薄魔力の最果ての村で。
問いが次々と湧いた。だがセイルは、それを口にしなかった。できなかった。
言えば、知っていることがばれる。自分がその「辺境の石」の前にいた当事者だと。光の奥を視た張本人だと。そうなれば、またあの目で見られる。気味の悪いものを見る目で。
セイルは本の背を見つめたまま口をつぐんでいた。
「ヴェスパ翁のこれだろう」
エルクが奥から戻ってきた。古ぼけた薄い冊子を帳場に置いた。
「お前さんがこの前買った論文が引いてた、元の一冊さ」エルクは言った。「ヴェスパ翁の若いころの書きものだ。観相のことだけじゃない。古い遺物のことも、神秘時代の繋がりの道具のことも書いてる。――変わり者の翁でな。今でも生きてるはずだ。学院の古文書庫の奥のほうに引きこもってると聞く」
セイルの耳がその名を捉えた。
ヴェスパ翁。古い遺物のことも繋がりの道具のことも書いている。
さっきの学生たちの噂と、同じ話だった。境界石。繋がるための道具。神秘時代の遺物。それを書き残した老人が、この学院のどこかにまだ生きている。
「その方は」セレナが身を乗り出した。「今も学院に?」
「いるが、誰にも会わん」エルクは鼻を鳴らした。「古文書庫の番人みたいなものさ。偏屈でな。わしよりずっと偏屈だ。本に埋もれて、世間を相手にせん。――まあよほどのもの好きでなきゃ、訪ねもせんだろう」
書肆を出て二人はまた夕暮れの学院街を歩いた。
セレナはヴェスパ翁の冊子をめくりながら上機嫌だった。
「面白いわ、この人」セレナは言った。「観相の記述だけじゃない。遺物のことも、神秘時代の繋がりのことも書いてる。――いつか会ってみたいわね。古文書庫の番人」
その隣でセイルは黙って歩いていた。
胸の中に、またあのざわつきが戻っていた。村の石。境界石。繋がるための道具。灯った石は初めてじゃない。そしてそれを書き残した老人が、この都にいる。
点がまた一つ増えた。村の石。遺物。沢の淀み。市井の噂。そして古文書庫の番人。それらが薄い線で、頭の中で結ばれかけていた。すべて同じ場所へ。底の底の繋がりの奥へ。
考えるなと、また自分に言い聞かせた。今は目の前のことだ。だがその蓋は、書肆を訪ねるたびに少しずつ浮いていくようだった。
いつか自分は、あの番人を訪ねることになるのだろうか。村の石の本当の意味を知るために。
その予感をセイルは、夕暮れの空の下でまだ胸の奥に押し込めていた。だが押し込めるたびに、それは確かに重くなっていた。
セレナの冊子をめくる音が、また静かに響いていた。




