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視竜 〜最弱の眼、最強を射抜く〜  作者: Studio Yodaca
定理の都

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23/72

二人で一つ

「もう一回最初から」


 セレナは書きつけから顔も上げずに言った。


 オルセンの研究室の隅を、老教授は二人に貸してくれた。「若い者同士で勝手にやりなさい」と言って、自分は奥で茶をすすっている。あの邂逅から数日。セレナは本当に毎日のように、セイルを「観察」しに来た。


 机の上には古い魔晶石(ましょうせき)がいくつか並んでいる。村の境界石(きょうかいせき)のかけらに似た、まだ磨かれていない原石。セレナがどこからか集めてきたものだった。


「この石に手をかざして」セレナが指で示した。「何か感じたら、感じたまま言葉にして。きれいな言葉じゃなくていい。むしろ生のままで」


 セイルは言われたとおり手をかざした。


 肌のあのざわつきがすぐに反応した。


「……二つめのが濃い」セイルは言った。「他のは静かだ。けどこの二つめだけ、奥のほうで何かぐるぐる動いてる。渦みたいに」


 セレナの筆がすごい速さで走った。


「渦」彼女は繰り返した。「方向は? 時計回り逆回り?」


「……右回りかな。たぶん」


「速さは。一定? それとも強くなったり弱くなったり」


「弱くなったり強くなったり。波みたいに」


 セレナは書き留めると、自分の手のひらを二つめの石にかざした。短い詠唱を唱える。探知術式。彼女の周りに、淡い光の網が広がった。


 しばらくして彼女は息を吐いた。


「私の術式だと」セレナは悔しそうに言った。「この石にわずかな魔力反応があることまでは、分かる。他の石より少し強いということも。でもそれだけ。『渦』も『右回り』も『波』も――何も捉えられない」


「術式が悪いのか」


「ううん。術式はちゃんと働いてる」セレナは首を振った。「これが学問の限界なの。下級の探知は、魔力が『有るか無いか』『強いか弱いか』しか測れない。中の構造までは見えない。誰がやっても同じ」


 セレナは書きつけと石を交互に見た。


「でもあなたには見えてる。私の術式が『強い反応あり』としか言えない、この石の中の渦が」


 それから二人は黙々と続けた。


 セイルが視て言葉にする。セレナが書き取り、術式で裏を取る。何度も繰り返すうちに、奇妙なことが起きてきた。


 セイルの「渦」という言葉が、だんだんただの感覚でなくなってきたのだ。セレナが「右回り? 何回ぐらいで一周する?」と問うたびに、セイルは自分の感じているものをもっと細かく見るようになった。今までただ「濃い」「嫌な感じ」とだけ感じていたものに、向きや速さや形があることに気づいていく。


「あなた最初よりずっと細かく言えるようになってる」セレナがふと顔を上げて言った。


 言われてセイルも気づいた。


「あんたが訊くからだ」セイルは言った。「訊かれると、もっとよく視るようになる」


「そう」セレナの目が輝いた。「それよ、それ。あなたが感じて、私が問う。問われて、あなたがもっと深く感じる。それを私が書き留める。――一人ずつじゃできないことが、二人だとできる」


 セイルは書きつけを覗き込んだ。


 そこには自分の感じたものが、文字になって並んでいた。乱れた生のままの言葉。けれど確かに自分が肌で視たものが、初めて自分の外に形を持って残されていた。


 誰にも見えなかったものが。誰にも伝えられなかったものが。


 胸の奥が熱くなった。


「これ」セイルはかすれた声で訊いた。「これって学問になるのか」


「まだならない」セレナは正直に言った。「全然足りない。私が書き取れてるのは、あなたが視てるもののたぶん半分以下。言葉にできない部分のほうが、ずっと多い」


 半分以下。


 またその壁だった。どれだけ言葉を尽くしてもセレナには全部は届かない。


 だがセレナは書きつけを大事そうに閉じて言った。


「でもゼロじゃない。今日ゼロだったものが、半分にはなった」彼女はまっすぐにセイルを見た。「ねえ。明日も来ていい?」


 セイルは奥で茶をすすっているオルセンを、ちらと見た。老教授は聞こえないふりをしながら、口の端でかすかに笑っていた。


「……ああ」セイルは言った。「来てくれ」


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