変なあんた
日が高くなるころには霜はすっかり溴けていた。
セイルは羊の囲いの前にしゃがみ、外れた板と格闘していた。風で抜けた板を元の杭に打ちつけ直す。それだけのことなのに、なかなかうまくいかない。釘が斜めに入り、板が浮く。打ち直す。また浮く。三度目でようやくまっすぐに収まった。
額の汗を袖で拭う。囲いの中では羊たちが何事もなさそうに草を食んでいる。数えてみて、セイルは小さく眉を寄せた。十二頭のはずが十三頭に見える。やはり十二頭だった。最初に一頭、重なって見えていたらしい。
羊の数も満足に数えられない。昔からこういう不器用なところがあった。
「セイルー!」
声のするほうを振り返ると、ティナが斜面を駆け下りてくるところだった。同じ年の幼馴染だ。籠いっぱいに枯れ枝を背負っている。背丈ほどもある籠が、走るたびに大きく揺れていた。冬支度の薪集めの帰りだろう。
「手伝ってよ重いんだから」
「自分で持てる分だけにしな」
言いながらも、セイルは籠の片側に手を添えた。ずしりと重い。これを背負って斜面を駆け下りてきたのかと思うと、呆れるより先に感心してしまう。
ティナは籠を下ろし、息を切らしながらそれでも笑っている。村の暮らしになんの疑いも持っていない笑い方だった。ここで生まれ、ここで育ち、ここで老いる。それを疑ったことが一度もない者の、まっすぐな顔。
セイルは籠の重さに気を取られているふりをした。その顔をまっすぐには見られなかった。
「ねえ」とティナが囲いを見て言った。「板また外れたの? あんた器用なんだか不器用なんだか分かんないね」
「不器用だよ。羊の数もいまだに間違える」
「知ってる」ティナはからからと笑った。それから思い出したように続ける。「でもさ、あんた変なところだけ妙に勘がいいよね。去年の崖崩れのときもさ。あんただけ行くなって言ったじゃない、あの道」
セイルは答えなかった。釘を一本、指先でもてあそぶ。
あのとき――確かに行くなと言った。理由は自分でも説明できなかった。ただあの道のほうから、肌をざわつかせる嫌な感じが流れてきた。近づいてはいけないと、体のほうが先に知っていた。それだけだ。
翌朝、道は土砂に埋もれていた。もし誰かが通っていれば、ただでは済まなかっただろう。
村の者はそれを「セイルの勘」と呼ぶ。天気を当て、病んだ羊を先に見分け、危ない場所を避ける。便利なときは頼りにする。井戸が涸れそうなときも、最初に気づくのはいつもセイルだった。
だがそれが度を越すと――たとえば誰も見ていないところであの石をじっと見つめていたりすると――村人の目の色がふっと変わる。
「視る石みたいな子だ」と。
誰かを気味悪がるときの、あの声で。便利な勘と気味の悪い勘。その境目がどこにあるのか、セイル自身にも分からない。同じひとつの感覚なのに、村の者は勝手に線を引く。
「……ティナ」セイルは籠を地面に下ろした。打ちつけていた釘をふところにしまう。「おれ、変か」
「なに急に」
「いや」
セイルは首を振った。訊くべきではなかったと思った。ティナは嘘をつけない質だ。思ったことがそのまま顔と口に出る。だからもし「変だよ」と言われたら――それはきっと、村のみんなが陰で言っているのと同じ本当のことなのだ。
ティナは少し考えてから、籠を背負い直してあっさりと言った。
「変だよ、あんたは。昔から」
返す言葉が出なかった。
「でも」とティナは続けた。背を向けたまま、籠の紐を肩に掛け直しながら。「変なあんたがあんただろ。今さら何言ってんだか」
そうしてまた斜面を上っていく。枯れ枝の籠を揺らしながら、振り返りもせずに。
セイルはその背中をしばらく見送っていた。
変なあんたがあんた――ティナはきっと深く考えずに言ったのだろう。慰めるつもりすらなかったかもしれない。だがその言葉は、ふしぎとセイルの胸に残った。残ったまま、しかし溶けてはくれなかった。
ティナもハルダも自分を遠ざけはしない。それはありがたいことのはずだった。
ただ二人は知らないだけだ。この「変さ」の本当のところを。あの石の前に立つと肌の奥がざわつくことも、その感覚が日に日に強くなっていることも、誰にも話していない。話せば、二人の目の色もいつか村人と同じものに変わるかもしれない。それが怖かった。
もしいつか――この「変さ」がただの勘では済まなくなる日が来たとき。
二人はまだ隣にいてくれるだろうか。
遠ざかる籠の影が斜面の上に消えた。セイルは囲いの板をもう一度だけ確かめると、村のほうへ歩き出した。




