表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
視竜 〜最弱の眼、最強を射抜く〜  作者: Studio Yodaca
霧のひく辺境で

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/13

村の不安

ヴェントが中央行きを持ちかけてから、村は少しずつおかしくなっていった。


 いや――おかしくなったのは村ではなく、村の空気だったのかもしれない。


 石が光った。その噂はもう村中に広がっていた。そして人は不安なとき、その原因を求める。あの石が光ったから、何かが起きるに違いない。そしてその「何か」を呼んだ者として、ある名が囁かれていた。


 視る石(みるいし)みたいなあの子が。


 異変は小さなものだった。


 ある朝、ダルケの鍛冶場の火がなかなか熾らなかった。いつもならひと息で立つ火が、その日は何度やってもぐずついた。ダルケは無口な男だったが、その日ばかりは訝しげに火を見つめていた。


 井戸の水もわずかに濁った気がすると、メグが言った。気のせいかもしれない。だがなんとなく、味がおかしいと。


 猟師のロウは相変わらず、獣が山の奥から逃げてくると言った。今度は村の近くまで。何かを嫌がるように。


 どれも小さなことだった。辺境では珍しくもない、ちょっとした不調。いつもなら誰も気に留めない。


 だが――石が光った今は違った。


「祟りだ」


 誰かが言い出すと、それは瞬く間に広がった。


 火が熾らないのも、井戸が濁るのも、獣が逃げるのも、みんなあの石の祟りだ。あの石が光ったから。そして――あの石を起こしたのは。


 セイルが村の道を歩くと、人々は口をつぐみ、目を逸らした。あるいは露骨に足を速めた。子どもらは母親に手を引かれて、家の中へ入れられた。


 昨日まで便利な勘を頼りにしていた者たちが。崖崩れを、井戸の涸れを、先に教えてやった者たちが。今はセイルをまるで疫病のように避けていた。


 気味の悪いものを見る目。村でずっと向けられてきたあの目。だがそれが今、村中の目になっていた。


 ダルケの鍛冶場の前を通りかかったとき。


 セイルはつい足を止めた。ダルケがまだぐずつく火を相手に難儀していた。


「ダルケさん」セイルは声をかけた。「火薪を組み替えたほうがいい。下のほうに湿気が溜まってる。視え――いや、なんとなくそんな気がして」


 ダルケの手が止まった。


 しばらくダルケはセイルを見ていた。その目に、いつもの無口な実直さはなかった。代わりにあったのは――迷いとわずかな畏れだった。


「……ああ」ダルケはぼそりと言った。「そうだな」


 それだけ言って、ダルケはセイルから目を逸らした。薪を組み替える。火がふっと立った。だがダルケは礼も言わなかった。ただ気まずそうに背を向けた。


 セイルは何も言えずに、その場を離れた。


 ダルケは悪い男ではなかった。だがその彼でさえ――石が光った今は、セイルの「勘」を素直には受け取れなくなっていた。便利な勘と気味の悪い勘。その境目が、石の光で決定的に気味の悪いほうへ傾いていた。


 家に帰るとハルダが土間でじっと座っていた。


「ばあちゃん」セイルは声をかけた。「井戸が濁ったとか火が熾らないとか――あれ本当におれのせいなのかな」


 ハルダはしばらく答えなかった。


「おまえのせいじゃないよ」やがてハルダは低く言った。「石が光ったのは、おまえのせいじゃない。火や井戸のことだって、ただの季節の巡りかもしれん。――だがね」


 ハルダは皺の刻まれた手を膝の上で組んだ。


「村の連中はそうは思わん。不安なときは、誰かのせいにしたくなる。そしておまえは――いちばんしやすい。視る石(みるいし)みたいな子だから」


 その言葉に棘はなかった。ただ本当のことを言っているだけだった。


「ここにいると」ハルダはぽつりと言った。「おまえはこれからずっと、こうやって生きていくことになる。村の不安の受け皿として。何か悪いことが起きるたびに、おまえのせいにされる。――それがおまえの、これからの村での暮らしだ」


 セイルは何も言えなかった。


 その夜、セイルは寝床でヴェントの言葉を思い出していた。


 君のその素質は、村ではただの祟りとしか思われない。だが中央でなら――それを活かす道があるかもしれない。


 村にいれば、自分はずっとこうだ。不安の受け皿。気味の悪い子。便利な勘を頼られながら、決して隣には入れてもらえない。そして何か悪いことが起きるたびに、自分のせいにされる。


 ダルケのあの目。礼も言わずに背を向けた、あの気まずさ。あれが――この村での自分の、これからのすべてだった。


 ここにはもう自分の居場所はないのかもしれないと、セイルは思った。


 石が光ったあの夜から、何かが決定的に変わってしまった。元には戻らない。村はもう自分を、ただの「セイル」としては見てくれない。


 西の空の斜面のほうで、あの石は今もう何も光ってはいなかった。ただの黒ずんだ石柱に戻っている。


 なのに――その石が、自分のこれまでの暮らしをすっかり変えてしまった。


 そしてまだこれから、何かが始まろうとしている気がした。その予感だけが、闇の中でひたひたと胸に迫っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ