祟りではなく
囲炉裏の火が低く爆ぜた。
ヴェント・サージュは土間の隅の床几に腰を下ろしていた。村の家に上がるのは慣れていないのだろう、その背は妙にまっすぐで、外套をたたんで膝に置いている。向かいにセイルとハルダが並んで座った。
しばらく誰も口を開かなかった。
「まず礼を言わせてくれ」やがてヴェントが切り出した。「夜更けに見知らぬ男を家に上げてくれたことに」
「村の宿じゃろくに話もできないだろうからね」
ハルダの声は素っ気なかった。だが追い返しもしない。それがこの祖母なりの、線の引き方だった。
ヴェントは小さく頷くと、セイルのほうへ目を向けた。
「単刀直入に言う。ゆうべあの石が光ったのは――祟りでも不吉の前触れでもない」
セイルは顔を上げた。
「村ではそう噂になっているんだろう。だが違う。あれは魔法の現象だ。古い、とても古い種類のな」ヴェントは言葉を選ぶように、ゆっくりと続けた。「あの石は中央では『境界石』と呼ばれている。……だが私が知っているのは、その名くらいのものだ。いつ誰が何のために据えたのか――起源も用途も、学問の上ではほとんど分かっていない」
「……でも光った」
「ああ。光った」ヴェントの声に、隠しきれない熱がにじんだ。「薄魔力のこの辺境で、何の力もないと思われてきた石がひとりでに。そんな記録は、私の知るかぎりどこにもない。あり得ないことがゆうべ起きた」
囲炉裏の火は揺れず、ただ脂の焦げる匂いだけが漂っていた。
「そして」ヴェントの視線がまっすぐにセイルを射た。「あのとき君は、光の奥を視ていた。違うか」
セイルは答えられなかった。否定したかった。だがこの男は見ていた。ごまかしようがない。
「君のその力は」とヴェントは言った。「祟りなんかじゃない。素質だ」
素質。
その一語は、セイルの中のどこにも着地しなかった。村でずっと「欠陥」と呼ばれてきたものが、その正反対の言葉で呼ばれている。
「……あんたは」セイルは慎重に口を開いた。「あの石が何なのか、おれが何なのか、分かるのか」
ヴェントはすぐには答えなかった。火を見つめ、それから正直に首を振った。
「いや。分からない」
その答えにセイルは、少しだけ拍子抜けした。
「正直に言う。中央の魔法学をもってしても、あの石がなぜ光ったのか、君がなぜ視えるのか――私には説明できない」
ヴェントはそこで一度言葉を切り、火を見つめた。
「学問がまだ届いていない。君の力はたぶんそこにある」
分からないと言い切る学者。
セイルは知らず、小さく息を吐いていた。何でも知っているふりをする者の言葉より、その「分からない」のほうがよほど信じられる気がした。
「だからこそ」ヴェントは身を乗り出した。「私は君に、中央へ来てほしい。テオレマの中央大魔法院へ。あそこには君の力を測ろうとする者がいる。学べる場所がある。……君のその素質は、この村で埋もれさせていいものじゃない」
中央。魔法院。
セイルにはどちらも遠い言葉だった。生まれてからずっと、この村しか知らない。村の外がどうなっているのかも、ろくに知らない。
その沈黙を破ったのはハルダだった。
「セイルはこの村の子だよ」
低い声にかすかな険があった。
「赤ん坊の頃から育ててきた子だよ。中央だか魔法院だか知らないが、あんたこの子を連れて行って、それで――この子はどうなるんだい」
ヴェントはハルダの目を正面から受け止めた。逃げなかった。
「正直に言えば、分かりません」とヴェントは言った。「中央がこの子にとっていい場所だと、約束はできない。むしろ……難しいことのほうが多いかもしれない」
その答えにハルダは、ふっと黙った。嘘で塗り固めなかったことが、かえって祖母の警戒をわずかに緩めたようだった。
セイルは二人のやりとりを黙って聞いていた。
村にはもう居場所がない。今日一日でそれは、嫌というほど分かった。明日になれば、村人の目はもっと冷たくなる。あさってもその次も。
なら。
何が待っているかも分からない中央へ。
爆ぜた火の粉が土間に落ち、すぐに消えた。
「少し考えさせてくれ」とセイルは言った。自分でも驚くほど静かな声だった。
「ああ」ヴェントは頷いた。「私はあと二日、村の宿にいる。それまでに答えを聞かせてくれればいい」
ヴェントが帰ったあと、家の中には炭のはぜる小さな音だけが残った。
ハルダは何も言わなかった。ただ皺の刻まれた手で火箸を握り、燠をゆっくりとかき混ぜていた。




