表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
視竜 〜最弱の眼、最強を射抜く〜  作者: Studio Yodaca
霧のひく辺境で

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/15

祟りではなく

囲炉裏の火が低く爆ぜた。


 ヴェント・サージュは土間の隅の床几に腰を下ろしていた。村の家に上がるのは慣れていないのだろう、その背は妙にまっすぐで、外套をたたんで膝に置いている。向かいにセイルとハルダが並んで座った。


 しばらく誰も口を開かなかった。


「まず礼を言わせてくれ」やがてヴェントが切り出した。「夜更けに見知らぬ男を家に上げてくれたことに」


「村の宿じゃろくに話もできないだろうからね」


 ハルダの声は素っ気なかった。だが追い返しもしない。それがこの祖母なりの、線の引き方だった。


 ヴェントは小さく頷くと、セイルのほうへ目を向けた。


「単刀直入に言う。ゆうべあの石が光ったのは――祟りでも不吉の前触れでもない」


 セイルは顔を上げた。


「村ではそう噂になっているんだろう。だが違う。あれは魔法の現象だ。古い、とても古い種類のな」ヴェントは言葉を選ぶように、ゆっくりと続けた。「あの石は中央では『境界石(きょうかいせき)』と呼ばれている。……だが私が知っているのは、その名くらいのものだ。いつ誰が何のために据えたのか――起源も用途も、学問の上ではほとんど分かっていない」


「……でも光った」


「ああ。光った」ヴェントの声に、隠しきれない熱がにじんだ。「薄魔力のこの辺境で、何の力もないと思われてきた石がひとりでに。そんな記録は、私の知るかぎりどこにもない。あり得ないことがゆうべ起きた」


 囲炉裏の火は揺れず、ただ脂の焦げる匂いだけが漂っていた。


「そして」ヴェントの視線がまっすぐにセイルを射た。「あのとき君は、光の奥を視ていた。違うか」


 セイルは答えられなかった。否定したかった。だがこの男は見ていた。ごまかしようがない。


「君のその力は」とヴェントは言った。「祟りなんかじゃない。素質だ」


 素質。


 その一語は、セイルの中のどこにも着地しなかった。村でずっと「欠陥」と呼ばれてきたものが、その正反対の言葉で呼ばれている。


「……あんたは」セイルは慎重に口を開いた。「あの石が何なのか、おれが何なのか、分かるのか」


 ヴェントはすぐには答えなかった。火を見つめ、それから正直に首を振った。


「いや。分からない」


 その答えにセイルは、少しだけ拍子抜けした。


「正直に言う。中央の魔法学をもってしても、あの石がなぜ光ったのか、君がなぜ視えるのか――私には説明できない」


 ヴェントはそこで一度言葉を切り、火を見つめた。


「学問がまだ届いていない。君の力はたぶんそこにある」


 分からないと言い切る学者。


 セイルは知らず、小さく息を吐いていた。何でも知っているふりをする者の言葉より、その「分からない」のほうがよほど信じられる気がした。


「だからこそ」ヴェントは身を乗り出した。「私は君に、中央へ来てほしい。テオレマの中央大魔法院ちゅうおうだいまほういんへ。あそこには君の力を測ろうとする者がいる。学べる場所がある。……君のその素質は、この村で埋もれさせていいものじゃない」


 中央。魔法院(まほういん)


 セイルにはどちらも遠い言葉だった。生まれてからずっと、この村しか知らない。村の外がどうなっているのかも、ろくに知らない。


 その沈黙を破ったのはハルダだった。


「セイルはこの村の子だよ」


 低い声にかすかな険があった。


「赤ん坊の頃から育ててきた子だよ。中央だか魔法院(まほういん)だか知らないが、あんたこの子を連れて行って、それで――この子はどうなるんだい」


 ヴェントはハルダの目を正面から受け止めた。逃げなかった。


「正直に言えば、分かりません」とヴェントは言った。「中央がこの子にとっていい場所だと、約束はできない。むしろ……難しいことのほうが多いかもしれない」


 その答えにハルダは、ふっと黙った。嘘で塗り固めなかったことが、かえって祖母の警戒をわずかに緩めたようだった。


 セイルは二人のやりとりを黙って聞いていた。


 村にはもう居場所がない。今日一日でそれは、嫌というほど分かった。明日になれば、村人の目はもっと冷たくなる。あさってもその次も。


 なら。


 何が待っているかも分からない中央へ。


 爆ぜた火の粉が土間に落ち、すぐに消えた。


「少し考えさせてくれ」とセイルは言った。自分でも驚くほど静かな声だった。


「ああ」ヴェントは頷いた。「私はあと二日、村の宿にいる。それまでに答えを聞かせてくれればいい」


 ヴェントが帰ったあと、家の中には炭のはぜる小さな音だけが残った。


 ハルダは何も言わなかった。ただ皺の刻まれた手で火箸を握り、燠をゆっくりとかき混ぜていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ