「元検事正が無罪主張」という話
# 「元検事正が無罪主張」という話
男性検察官が、酔った女性検察官に対して、準強制性交等罪に問われました。
2024年、大阪高等検察庁が元検察官を逮捕・起訴したため、まず有罪かと考えられます。
ですが、元検事正が公判で一転して無罪を主張しています。
その女性検察官が退官しました。
少し考えてみましょう。
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###### 「という話」について
「という話」は、現実の事象や事件・事故を背景にした「虚構の推理」による考察です。#思考実験
事実と異なる内容であることを承知のうえ、いっしょに考えてみましょう。
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## 被告人
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### 第一印象
元検事正に対する、私の第一印象は「バカなヤツ」です。
定年前に退官しているので、起訴内容はほぼ事実だったのでしょう。
通常、疑われただけでは「犯罪の事実を認めることになる」ので検察官は辞めません。←後述します。
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### 地獄に落ちろ
今まで頼ってきた、検察庁という看板がなくなれば「ただのおっさん」です。
「ただのおっさん」はモテないため、地位や金銭その他を利用します。
検察官というお堅い仕事では、女を買うことはできませんから、職場で楽しんでいたのでしょう。
それこそ被害者にしてみれば「地獄に落ちろ」です。
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### 時代性
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#### 昭和ではない
昭和じゃないんですから、今どきセクハラなんてしたら、すぐ解雇されます。
職場や取引先で、乳や尻を揉んでいた時代ではありません。
ましてや、酔わせて襲うなんて犯罪が許される訳はありません。
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#### 被害者女性の有能さ
犯行後、被告人は「これで俺の女だ」と言ったとされます。
おそらく、被告人より優秀で、幸せだったのでしょう。
仕事も、頭も、家庭も。
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#### 被告人の無能さ
対して、被告人は「バカ」の一言につきます。
悪いことはコソコソするものです。
自分より頭の良い人を襲ったら、必ず仕返しされます。
後先をよく考えずに、弱者となった者を襲う? ありえません。
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### 憐れみ
「獣でさえ憐れみを持つ。それすら持たない私は人間だ」
cf.
THE TRAGEDY OF KING RICHARD III, ACT I, SCENE II
by William Shakespeare
ウィリアム・シェイクスピアは『リチャード三世の悲劇』で、次のように表現しています。
ANNE.
Villain, thou know’st nor law of God nor man.
No beast so fierce but knows some touch of pity.
RICHARD.
But I know none, and therefore am no beast.
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## 無罪主張
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### 無罪主張の理由1
検察庁の面子のためです。
被告人(個人)にしてみれば、罪を認めて楽になれば済む話です。
被害者(個人)にしてみれば、「地獄に落ちろ」 x 100 です。
「お前だけ楽になりやがって」です。
結果的に、被害者の女性検察官は退官しました。
検察庁が彼女を擁護しなかったからです。
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### 無罪主張の理由2
検察庁は、自らを「正義の執行者」と位置づけます。
行政機関の一つでありながら、「正義の執行者」とはどういう立場か考えたことがあるでしょうか?
日本はまだマシな国家ですが、「正義は作られる」ということです。
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#### 行政権の危うさ
東京日日新聞の明治七年(一八七四年)二月二七日に
「民選議院は行政権をして横恣ならしめず」
とあります。
「衆議院によって、行政権を抑止できる(恣意的運用をさせない)」
という意味です。
まあ、実際は「勝手気ままなことをしている」のが実態です。
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#### 司法権の偏り
日本国の統治権は、立法権、司法権および行政権です。
ただし、司法権はいくぶん行政権に偏っています。
隣国のように、阿る(諂う)よりマシですが。
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## 未熟な民主主義
各人があれこれ考えるのは結構ですが、前提として、日本の民主主義はまだまだ未熟で未完成です。
ウィンストン・チャーチル「この罪と災いの世界で多くの社会のあり方が試されてきたし実験されていくだろう。誰もが民主主義が完全であるとか考え尽くされたとは思っていない。実際、民主主義は最悪だ。これまで試されたすべての社会のあり方を除けばだが」
https://winstonchurchill.org/resources/quotes/the-worst-form-of-government/
正義がどうとか述べている時点で学びが足りません。
では、どうしたらよいのでしょうか。それを考えるべきです。
個人の罪は、罪として裁かれるべきであり、私刑は論外です。
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### 取引コスト理論
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#### 検察庁が彼女を擁護しなかった理由
取引コストが高かったからです。
被害者女性を擁護すれば、検察庁に敵対することになります。
検察官は「正義の人」なので、誰もそんな悪役をする訳はありません。
費用対効果が合わず(割に合わないので)、擁護しないだけのことです。
ここで、一人でも声を上げ、彼女を擁護したら、それだけで英雄になれました。
けれど、日本の行政機関は英雄を認めません。
必ず、退官に追い込まれるか、やってもいないことを罪にして犯罪者に仕立てられます。
なぜなら、今までそうして「膿を出してきた」んですから。
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#### 新古典派経済学との乖離
正統派経済学である新古典派経済学(ミクロ経済学)では、現実の現象を説明できません。
新しい理論として、取引コスト理論があります。
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##### 新古典派経済学(ミクロ経済学)
新古典派経済学では、以下のように「完全合理的な経済人」が仮定されている。
(1) すべての人間は完全に合理的である。つまり、完全情報を得ることができ、この完全情報のもとに人間は合理的に行動する。
(2) すべての人間は利益最大化するあるいは効用最大化する。
cf. 菊澤研宗『指導者の不条理』(PHP研究所、2022年)P68
偽りです。そんな完全な人間はいませんし、そもそもヒトは合理的な生物でもありません。
私に言わせれば、こうした考え方は、マルクス主義(科学的社会主義)とそう変わりません。そんな簡単な世界を見てしまうと、すべてを色眼鏡で見てしまいます。
人間は不完全で未熟だからこそ、知性を高め、技術力で豊かになりました。
ヒトは合理的ではないからこそ、共感し、他者をいたわり涙を流すのです。
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##### 取引コストと「不条理」現象
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###### 条理な世界と不条理な世界
(A)効率的で正しい状態へ変化することで得られるメリット
(B)その変化に必要な人間関係上の取引コスト
(A)>(B)であれば、条理な世界となります。
より効率的で正しい方向へ組織は変革されます。
しかし、(A)<(B)であれば、不条理な世界となります。
効率的で不正な現状を維持・隠蔽します。
上記は、菊澤研宗『指導者の不条理』(PHP研究所、2022年)(P75, 76)の図表を、筆者が修正している。
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###### 黒い空気
効率的で不正な現状を維持・隠蔽するような、不条理な世界では、黒い空気が広がります。
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### 取引コスト理論の実践
ではどうしたら良かったのでしょうか。
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#### 現状は被害者の負担が高い
何をするにでも、被害者の負担がかなり高いです。
訴えるとしても「検察庁の名を貶めるのか」と言われてしまいます。
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##### 検察庁は検察官による犯罪の事実を認めることはできない
ふつうの会社でも非常にデリケートな話ですのに、「正義の執行者」である検察庁にとっては、検察官による犯罪の事実を認めることはできません。
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##### 泣き寝入りは被害者だけの負担ではない
他の被害者の存在が想定されます。
しかし、他の女性検察官は訴え出ません。
訴えれば、同じように排斥されてしまうからです。
現実に、被害者は退官に追い込まれています。
他にも、まったく別の加害者がいたとしても、これからは躊躇するでしょう。
少しは快適になったのかもしれません。非常に不愉快ですが。
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##### 被害者がすべきだったこと
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###### 示談
事を公にする前に、示談すべきでした。
ただ、示談なんて許されますか?
酔って弱者になって、人間の尊厳を奪ったんですから、強盗ですよ?
当時の準強制性交の罪は、強盗と同じく五年以上の有期懲役(最長20年)で、執行猶予はつきません。
一発アウトで実刑です。
二度と弁護士にも登録できないでしょう。
社会的な死が待っています。
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###### 被害者拡大を抑制
事を公にする前に、女性検察官だけで連携を組み、被害者拡大を抑制すべきでした。
ただ、これは微妙です。検察官は超エリートなので、連携なんてしないからです。
酔って被害者になったとしても、「弱みを見せた被害者が悪い」と考えてしまうからです。
ライバルが一人減って清々しているかもしれません。遺憾ですが。
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###### 退官しない
これは非常に危険です。
前述のように、やってもいないことを罪にして犯罪者に仕立てられます。
これは虚構ではなく、事実としてそうなる可能性が高いです。
検察庁の名声を貶めたという事実は変わらないからです。
つまり、女にだらしないという被告人が近づいた時点で、負け確定なのです。
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##### 検察庁がすべきだったこと
被告人が有能だったことが、検察庁にとって災難でした。
無能は馘にできなくとも、閑職に追いやられて、有能な被害者との接点は得られなかったでしょう。
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##### 行政がすべきだったこと
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###### 1. 検察庁の組織改革
(1) 犯罪者を炙り出して処分する。
(2) 内部告発しても、負担のないようにする。
仕事ができる犯罪者を処分したほうが楽です。
ヒトの能力はさして変わりませんよ?
それこそ、罪を償って、服役したあとで、また雇えばいいだけのことです。
身内だから、穢れがとかいう組織はいずれ消えていきます。
自分たちがそうなるかと怯えるよりは、自分たちで改革したほうが楽です。
明治維新のときは、そうして変わったのに、今の人たちは賢くなり過ぎて、自分たちの保身のために、破綻を招いています。
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###### 2. 税制改革
まず、日本の訴訟経済はメチャクチャです。
税制改革によって、訴訟経済を適正にすべきです。
いわゆる人質裁判なんて非効率なことをするのは、お金がないのが原因です。
(まあ、諸外国と異なり、日本の優秀な犯罪者はそれで逃げてしまうのもあるでしょうけれど。)
これは偏に、カルロス・ゴーンが悪いです。
逃げずに、日本の人質裁判は違法だと訴えていれば、英雄になれたのに。
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## 悪意の想像力
悪意の想像力がない人は、愚者である。
事実として、ヒエラルキーの上にいけばいくほど、差別や犯罪は少なくなります。
けれど、差別や犯罪はなくならないんですよ。ヒトが生物である限りは。
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## 無罪を主張する理由
泣き落としで、自殺まで仄めかした被告人が、公判で一転して無罪を主張した理由は、検察庁から「無罪を主張するよう要請があった」と考えられます。
前述のように、「検察庁は検察官による犯罪の事実を認めることはできない」からです。
被害者はおろか、被告人も無関係です。
検察庁という組織の体面が整えばいいだけのことですから。
これは最高裁判所まで争われます。
(まあ上告棄却されるでしょうけれど。)
検察庁が掲げる「検察官による犯罪の事実はなかった」という言い分は通る訳です。
「検察庁は無実を主張したが、司法が認めなかったので、止むを得ない」という形に決着になります。
こうなると、被害者なんてどうでもいいという話です。
別に私は、検察庁を批判しているのではありませんよ。
そうした組織体制は理解しています。
ただ、もう少しどうにかならなかったのでしょうか?
被害が拡大する前に、被告人を処分することはできなかったのでしょうか?
もう少しだけ、悪意の想像力を広げてはどうでしょうか。
検察庁での研修テクストをご用意します。
教官は、菊澤研宗先生を推奨します。




