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――「残念ながら君は死ぬことはできないんだよね」


 

「死ぬということは、生きる権利と同時に世界から与えられる権利」


「でも世界から嫌われた君は、もうこの世界で生きる権利はおろか、死ぬ権利さえ持ち合わせいないんだ」


「だから君は、このまま死ぬわけでも生きるわけでもなく、意識だけを保ち続けることになる」


「言っておくけれど、君の身体はどこもおかしくなんてなっていない」


「身体は今もかろうじてだけど生命活動を続けているし、五感だってどこも欠けることなく機能しているよ」


「ただ、外部からの刺激……つまり、音、光、味、香り、感触といった情報を遮断されているから何も感じることが出来なくなっているだけ」


「でも、もしそのまま、ずっと意識だけを保ち続けて『何もない』を感じ続けていたら」


「いずれ君は、自分で自分の意識を眠らせて、自ら死を選ぶことになる」


「本当の意味で君は自殺をすることになるんだ」


「だからそうなる前に君はこの世界から出なくちゃいけない」


「『死』に希望を見いだして、自らを殺してしまう前にね」


 …声が聞こえたような気がした。自分以外の、誰かの声が。

 すぐに声の主を探す。だけどあるのは自分という意識だけ。

 幻聴? 人の声が恋しすぎて聞こえないものが聞こえたのだろうか?


 というか、起きちゃったよ……


 感覚を失い、自分は死んだのだと言い聞かせても、なぜか僕は意識を保ち続けていた。

 何も聞こえず、何も見えず、何も感じない。疲れもしないし眠くもならない。


 ……だけど、そんな状態でも退屈だけは感じることが出来た。これがもうしんどいのなんの。

 その退屈を紛らわせるためにあれこれやってみようとしたけれど、意識だけで出来ることなんて妄想と考え事ぐらいで長くは続かない。

 唯一、マシだったのは眠ったふり。自分は死んだと言い聞かせて、意識を薄めていくとだいぶ気は紛れる。


(早くこないかな……)


 生きているのならいつか来るはずのそれを待つ。いつのまにかそれだけが楽しみになっていた。


 ――『もしもし?』


 そこへ声が響いた。自分のものじゃない誰かの声が


 ――『生きてますか?』


 女の子の声でそう聞かれる。それは僕が逆に聞きたかった。今の僕って生きているんですかと。


 ――『それは……生きているの定義によるわね。私の基準だとまだあなたは生きているってことになるんだけど』


 声の主が困ったような声になる。というか……


(……会話できてる!?)


 眠らせようとしていた意識が一気に目覚めた。


(ねえ僕今どうなってるの!? そろそろ死ねそうかな!?)


 ――『死ねそうかなって……えっ? あなた死にたかったの?』


 困惑した声。


 ――『それならごめんなさい。無理に起こしてしまって……ちゃんと埋葬しておきますから恨まないでください』


(あっ? えっ? ちょっと!?)


 女の子の声が申し訳なさそうに遠ざかっていく。


(嘘っ! じゃなくて! 違う! 生きたい生きたいよ!)


 なんとか引き留めようと僕は頭の中で叫ぶ。


 ――『生きたいの? でもさっきのはかなり本心みたいに聞こえたわよ……?』


(いやその、あのあんまり長く意識だけでいたもんで……退屈すぎて死にたいなあと思っちゃってたというか……まさか誰かが話かけてくるとは思わなかったんで、もう人生終わりでいいかなと思っていたと言いますか……)


 思えば思うほど、さっきまでの自分はどうかしていた。なんでいつの間にか死を待ち望むようになっていたんだろう?


 ――『よくわからないけど……なんだか大変な状態だったみたいね』


(そうなんだよ。急に五感が抜けてね……)


 そこで疑問が浮かぶ。今の僕の状態は、五感が抜けた意識だけの状態のまま。

 自分の内側に意識を向けても、やっぱり現状に変化が無い。

 なのに僕の声を聞くことも、あっちからの声を伝えることも彼女? は出来ている。


 ――『それは今、私が自分の意識をあなたに繋いでいるからよ。あと彼女で正解だから疑問は持たなくていいわ』


 すると返答が返ってきた。意識を繋ぐ?


 ――『私はそういうことが出来る人間ってこと。あなたのとこにはそういう人はいなかったの?』


 いなかったというか……意識を繋ぐってことがいまいちピンと来ていない。とりあえず、頭の中を共有できるって認識でいいのだろうか?


 ――『おおむねその認識でいいわ。だからこうして思うだけで意思の疎通が出来る。あなたが文章を頭で考えながら話す類の人で良かったわ。おかげでまだ意識が残っていることに気づけたから』


 どうやら意識だけになってから自然とやるようになっていた脳内での独り言が役立ったらしかった。


 ――『本当に助かったわ。それで、さっきのあなたの生きているかという質問に答えるけれど』


(あ、はい。)


 ――『ちなみだけど、聞いたショックで死ぬのだけはやめてね?』


 前振りが不吉だった。心して聞く。


 ――『じゃあ言うけど、あなたの肉体は私のところに来た時点で既に死んでいたわ。おそらく原因は飢餓。目立った外傷もないし、ひどくやせ細っているから間違いないと思う』


(それは……僕は死んでるってこと?)


 ――『死の定義を肉体が活動停止することを言うのならそうなるわね』


(じゃあ、うん、僕の知ってる死の定義はそれだから、現在僕は死んでるってことになる。)


 ――『そうなのね。でも私の定義ではあなたはまだ死んでないのよ』


(あのー、さっきから言ってるけど、君の言う死の定義って何? 身体が死んでたら他がどうなっていようとどうしようもないと思うんだけど……)


 ――『そんなことはないでしょう。現に今私たちはこうして話が出来ているじゃない。それって実はとてもすごいことなのよ?』


(凄いことってのは、まあわかるよ。いろいろあってそれはすごく身に染みてる。)


 ――『あなた相当長い期間、意識だけを保ってたみたいね。身体が腐食を始めてるぐらいだから……』


(フショク? え? 今、腐食って言った? えっ? 僕の身体腐り始めてるの?)


 ――『そうね。その……言いにくいけど結構、匂いも酷いわ。できる限り綺麗にはしてるところだけど、死臭はどうにかするにも限界が……』


(いや待って、ということは、君は今死体に話しかけてるってこと?)


 ――『そうなるのかしらね。あなたの世界の定義じゃこれは死体ってことになるから』


(そうか……なんとも変わった趣味というか、よく話しかけてみようと思ったね……)


 ――『最初は話しかけるつもりなんてなかったわ。でもさっきも言ったけどあなた、独り言がうるさかったからまだ意識が残ってるって気づけたのよ』


 身体が腐ってるのに?


 ――『あと、たとえそれが生きているように見えなくても、私は確認のために意識を繋ぐようにしてるのよ。生きていれば……意識が残ってさえすればまだ望みがあるから』


 望み……


 ――『そうよ。それで答えるけど、私の生きているの定義は【意識が残っていること】よ。命のありかは意識にある。意識さえ残っていれば人は死なない。身体腐っていようと死臭を放っていようが関係ないわ』


(でも、そんな状態じゃ僕の身体はもう助からないんじゃ……?)


 ――『そうね。だから提案があるわ。上手くいけば助かるかもしれない』


(え? ここから助かる方法があるんですか?)


(身体は腐り始めてて、五感もごっそり抜けてしまっているような状態から?)


 ――『あるわ』


(あるんだね! じゃあお願いしても?)


 ――『ええ。もちろんよ。あなたが死にたいのならこのままにしたけど、生きたいのなら助けるつもりで話しかけたんだから』


(ありがとうございます! 回復したらどんなことでもやります!)


 ――『ありがとう。じゃあ今からあなたを殺すから。一回死んでね?』


 ……えっ?

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