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転生薬

――『君を助けるために、これから私が一度君を殺すわ』


 凄い言葉が頭に響く。感覚はないはずなのに、なんだか頭が痛くなった。


(えっと、これから僕が生きるための手伝いをしてくれるって話でいいんだよね。これは)


――『そうよ。君はまだ生きてるから、それで合ってる』


(でも今、君は僕を殺すって……)


――『肉体が死んでるのは事実だから。いくら意識が残っていても、動く身体が無いんじゃ生きてるって実感は持てないでしょう?』


 それはそうなんだけど……


――『もちろん、ただ殺すだけじゃないわ。これから君に使う薬……名前を【転生薬】って言うんだけど、これは全身の細胞と神経を一度壊して、そこから再生させる薬なの。病気や毒は身体と一緒に残ってる。なら身体ごと一回全部壊して、そこから作り直せば治せるかもしれない。そういう発想で作られたものよ』


(待って。そんな薬、僕聞いたことないんだけど……?)


――『こっちでも伝説扱いよ。知らなくて当然』


(当然じゃなくてさ……もっとこう、普通の薬とかないの? 伝説のじゃなくて)


――『それで助かるならもう使ってる。今の君は治療の段階じゃないもの。ほぼ死体よ』


 言い方が容赦ない。


(それで僕は助かるの?)


――『身体は戻ると思うわ』


(身体は?)


――『強すぎる薬だから、たいていの生き物は精神の方が先に壊れるの。再生の痛みに耐えきれずに廃人になるか、自我を失うか。そのどっちかね』


 嫌な二択だった。


(大丈夫かな。それ)


――『大丈夫じゃないわ。だから今からお願いするの』


 声の調子が少しだけ硬くなる。


――『いい? 転生薬を飲ませた後、またこうやって私が直接脳内に話しかけるから反応して。意味を考えて。返事をして。どれだけ苦しくても、自分を見失わないように。私と話し続けて、自己を保つの』


(……一応聞くけど、もしそれが出来なかったら?)


――『君は死ぬ。私は君を殺したことになるわ』


 わかりやすい。わかりやすすぎて困る。


 でも、それは駄目だ。せっかく助けようとしてくれる相手を人殺しにするのは、なんだか嫌だった。


(それは……駄目だね)


――『ええ。だから頑張って。この転生薬、想像してるよりずっと辛いらしいから』


(わかった。じゃあお願い)


――『ええ。飲ませるわ。何度も言うけど頑張って』


 その感覚を感じたのは一瞬だった。口の中に何かを流し込まれる。次の瞬間、喉に穴が開いた。目が爛れているのがわかる。胃が、心臓が、臓器が焼けるように痛い。


 それらの強烈な痛みが、そのまま強烈な痺れに変わっていく。僕の意識が塗りつぶされていく。


――『最初は細胞よ』


 声が響く。すると痛みの質が変わる。鋭い。神経を削られている。感覚そのものを乱暴に削ぎ落とされている。でも苦しいと思ったのは束の間のことだった。身体の中心を貫かれるような痛みを最後に、僕の感覚の悲鳴は鳴りやんだ。


(……あ、あれ?)


 そこにあったのは無感覚の世界。五感が突然消えたときに閉じ込められていた、あの虚無の牢獄だった。


――『第一段階は越えたみたいね』


 声が僕を労う。もしかしたら拍手でもしているのだろうか。


 わからない。僕の感覚はまた消えてしまったのか?


――『半分正解よ。今、君の神経は全部殺されて、肉体の細胞も破壊された。君は文字通り生きる屍ってわけ』


(……僕は死んだってこと?)


――『命のありかを肉体に求めるならそうね。……まだ私の声は聞こえてる?』


(うん。余計な苦痛が消えたおかげで、今までよりずっと綺麗に聞こえる)


――『良かった。じゃあこうやって反応を続けて。声を返せなくても、私の言葉の意味を考えて。何を言っているのか聴き取って。そうしている限り、君は他者を認識できる。そしてそれは、君が君であることを自覚することにも繋がるから』


(とりあえず君の声に反応し続ければいいってことだね)


――『そういうこと。それでね、これから君の身体は神経から再生を始める。今は感じないかもしれないけど、細胞が死滅した肉体に、君の意識が神経によって繋がれる』


(えっと? ごめん、よくわからないんだけど……)


――『つまり、転生薬で極限まで壊された身体に神経が戻ってくるってことなんだけど――』


(……あっ゛?)


――『君は、死にかけの肉体が感じていた苦痛に耐えかねて死を望んだ。でもこれから君を襲うのは、それをはるかに超えた死の苦痛。それは本来なら生き物が体験せずに終わるはずの感覚よ』


(……あ゛あ゛っ!!?)


――『意識があれば人は死なない。君の強すぎる意識は、多分、死をもってしても消えてくれない』


(なんだこれ!? なんなんだよこれ……!?)


――『でも、君という人格が消えたら君は死ぬ。肉体が回復して、意識が残っていても、それだけじゃ意味がないの』


(待って、待ってよ……何が起きてるの? 全然……わからない)


――『わからなくてもいいわ。そんな感覚、普通は理解しなくていいもの。どんな形でもいいから自己を保って。そうして身体が再生し終わったときに君が君でいられたら、君の勝ち。新しい身体でまた人生を始めなさい』


(……嫌だ。またあの何もない状態に戻るのは嫌だ)

(……痛いのも嫌だ)

(……自分が、無くなるのも嫌だ)


――『……頑張って。私の声を聞いて。自我が残りさえすれば、君はまだ君でいられるはずだから』



 ……何かが起きている。僕の中で、おぞましい何かが起きている。得体の知れない感覚が僕の身体を蝕んでいる。何も感じないからわからないんじゃない。僕の感覚はそれを嫌というほど感じ取っている、はずなのに、何が起きているのかがわからない。


 痛覚の許容範囲を遥かに超えた苦痛の情報。それを無理やり脳みそに詰め込まれている。


 理解できないことを無理やり処理しようとして、僕の中にある僕が壊れていく。


 その時の僕は何故か、過去の自分の記憶を思い出していた。


 楽しかった思い出。見つけた発見。僕しか知らないこと。自分だけの秘密。


 思えばそれは、死ぬ前に見るという走馬灯の類だったのかもしれない。



――『一瞬だけど思考が聞こえた……やっぱり君の意識はこれでも死なないのね』


――『望んでも死ねない。でも不死身というわけじゃない。死の苦痛にすら耐えてしまう意識を持っているけれど、心は苦痛に耐えられずに死を求めていた』


――『どうしてこんなに意識だけが強烈なのかしら?』


――『今は痛みと戦っている?』


――『私の声は聞こえている?』


――『……聞こえていると信じて、話をするわ』


――『まず、君に謝っておかなくちゃいけないことがあるの』


――『転生薬は身体と神経を全部壊してから再生する。大抵はその破壊と再生のショックに耐えきれずに廃人になるか、自我が壊れる。そこまでは話したわね』


――『でも、もし自我が壊れたとしても、転生薬はその人の記憶や経験までは消さないの』


――『だから余計に厄介なのよ。記憶や経験がそのままでも、再生の苦痛に人格が耐えられるかは別問題だから』


――『仮に再生の苦痛に人格が耐えきれなかった場合、身体は強烈な死の経験を元に、今度はどんな苦痛にも耐えられるような自我を作って、壊れた自我と挿げ替えるの』


――『それがどういうことかわかる?』


――『新しく出来たその自我は、君が大切にしていた思い出を下らないと言って捨てるかもしれない。君が隠しておきたい恥ずかしい秘密を笑って人に話すかもしれない』


――『そうなったら、それはもう君じゃない。記憶や経験が同じでも、それは別の誰かでしょう?』


――『だから、復活したら一番に君に尋ねるわ』


――『君は誰で、何者なのかを』


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