二
「ああ、うああん」
児童の頃の莉莉だ。その日は、激しい大雨が窓を打ち付け、暴風が吹き荒れた。房室を揺らすような大きな雷が鳴っていた。
莉莉は雷が怖くて泣いていた。莉莉は浩然の元へ行き、起こそうとしたが泥酔していた。鼾息をかいて熟睡している浩然は、莉莉の啼泣に気づくことはない。
「うっ、ひっく……起きて、起きてよぉ、浩然叔父様ぁ……」
臥榻の前で莉莉は垂泣し続けた。すると、臥榻からぼとっと莉莉の膝上に何かが落ちた。莉莉は擦っていた瞼を開ける。
莉莉の前に落ちてきたのは白い鰐だった。宝玉のように真っ白な鱗をした鰐の嬰児だ。鰐は、まだ小さく、莉莉の膝上にすっぽりと収まる大きさだった。
「あ……この子、叔父様の飼っている鰐だ……」
確か、名前は愚它麸。孤島に存在した幻の一族、自分と同じ血が流れているグスタフ族に因んで命名された。
莉莉が瞳から涙を落とすと、愚它麸の深紅の眼に染みこんだ。愚它麸は莉莉の頬に口をつけて、舌をちろりと出すと涙を舐めた。
「慰めてくれるの? ……そうだ、この子を内密で自室に連れて行っちゃおう」
莉莉は腕の中に愚它麸を抱えると、自室に早足で戻った。
愚它麸を共に臥榻に入れると、被套に丸まって震える。雷はまだ青く光り、轟音を鳴らしていた。けれど、莉莉は雷よりも怖いものがあった。それを頭で想像しながら、雷の恐怖を和らげた。
「愚它麸は、どうして叔父様といるの? 叔父様のそばにいるなら、愚它麸も私の家族?」
莉莉は拒絶も呼応もしない愚它麸の頭を撫でた。ぐぅ、と鼻息を吹くだけで、横臥している莉莉の隣でじっとしている。
雷が光る度に愚它麸の目玉が、宝石のようにきらきらするのが楽しくて、ふふと笑った。莉莉はだんだんと愚它麸が愛らしくなってきて、上から被さって抱きついた。
「家族って何だろう? 家族なら私のこと、守ってくれるよね? なのに、叔父様は、どうしてたまに私を叩くんだろう、いやだな、やだよ、もう叩かれたくないよ。私、もっとちゃんと良い子にするようにしないと」
莉莉は眠くなって目を瞑りながら、思い出していた。
昔、朝に起こしてあげようと浩然の臥榻に行った。中々目を覚まさない浩然に、莉莉は無理に起こした。すると、浩然は目を閉じながら、莉莉の顔を思いっきり打擲した。浩然の口からは猛烈な酒の臭いがした。
莉莉は泣きながら自室に籠もった。気がついたら片目に大きな痣ができていた。浩然はそれを見てなんと、莉莉に手を出したのは誰だと激怒した。詐妄でもなく、浩然は赤心で記憶がないようだった。
転んだ、と莉莉は嘘をついた。恐ろしくてそう言うしかなかった。浩然がやったなんて告げようものなら、今度こそ殺されるかもしれない。
それから、莉莉は用がある時以外は、自分に限界が来るまでは、浩然を起こさないようにしていた。
「愚它麸は私の家族だから、ずっと一緒にいてくれるよね」
莉莉は愚它麸を両腕に包んだ。鱗でごつごつしているはずなのに、まるで人間に抱きしめられているようなふわりとした感興だった。
私たちはずっと共にいる。そう思っていたのだけれど。
──父と叔父を殺した愚它麸は今、どうしている? 野生に帰ったとしても、元気にしている?




