四
莉莉は蒼嬰と共に船で龍水宮に帰った。
帰路まで蒼嬰と驚くほどに話が弾んだ。莉莉は久しぶりに声を出して笑って、着いた頃には喉がカラカラになっていた。蒼嬰は気さくで諧謔を言っては莉莉を笑わせてくれる。
どうして蒼嬰は、こんなに愉快なのだろう。まるで初めて会ったとは思えない。ずっと前から家族だったような気がする。自分に兄がいたら、こんな風だったのかもしれない。
莉莉を赤心でそう思わせるほど、蒼嬰とは今日一日で一気に里程が縮まった。
「蒼嬰お兄様! 今日は、もう泰山から去るの?」
莉莉はすっかり蒼嬰を兄と呼んでいた。蒼嬰は浩然の展墓で島に訪れただけだろうから、家に帰るに違いない。
莉莉は蒼嬰を龍水宮に郷導したかった。こんなに人と喋ったのは何年かぶりで、心惜しかった。
小さい頃から見慣れた龍水宮の絶景だが、下界から来た人間なら、きっと初見は感動するだろう。自分の離宮にあと一人は招待できるぐらいの広さはある。
「いいや。俺は元々、龍水宮に用があるんだ。雪芳とかいう女に呼ばれているのさ」
「雪芳って……もしかして、浩然様の長女の?」
「おう。龍水宮の女帝とか言われているらしいな」
蒼嬰は龍水宮のある泰山を見上げると、関心ありげに顎を擦った。莉莉は従姉の雪芳を知らないふりをして、他人事のように話した。
何故か自分の家族であると自信を持って言えなかった。雪芳といえば、と考えて莉莉が俯いていると。
「おっ、噂をすれば来たな」
蒼嬰が軽やかな声を上げた。莉莉は共に泰山の麓を見ると、ぱかっ、ぱかっと馬の蹄の音が鳴り響いた。龍水宮の方角から何頭かの馬が走ってきた。先頭の、漆黒に近い色の馬には、女が乗っていた。
背が高く、肩幅が広い、一見、男と誤認しそうな大きな骨格。髪を一つ結びにまとめ、粧飾をしていないのに、濃い眉と鋭い切れ長の瞳が美麗である。透き通るような水色の漢服が、凜々しく目立った。
莉莉の従姉であり、浩然の長女の雪芳だった。
「蒼嬰殿! こちらに、いらしていましたか! 宮を出て島に向かったと聞き、急いで迎えに来ました」
雪芳は愛馬を目の前で止めさせると、敏速な身のこなしで下馬した。莉莉は咄嗟に「まずい!」と口の中で呟くと、既に時機を逸したが蒼嬰の後ろに隠れた。
「……莉莉? そこにいるのは、莉莉か?」
雪芳は蒼嬰の背後に動いた影を見逃さなかった。
莉莉は、ぎく、と音がしそうなくらい両肩を震わせる。莉莉は屈服して蒼嬰の背中から現れた。
「……まさか、蒼嬰殿……もう莉莉と……」
「ああ。偶然、島で出会ったんだ」
「そんな、やはり貴方たちは……」
どこか蒼顔している雪芳に莉莉は首を傾げた。
反対に蒼嬰は、楽しそうに唇に弧を描いている。笑貌が絶えない蒼嬰だが、雪芳に見せる表情に莉莉は一瞬、何故か恐怖を感じた。
さっきまで莉莉に見せていた愛らしい笑みとは違って圧がある。いつも勇ましく聡明で、あの浩然から生まれたとは思えない、と称賛される雪芳が狼狽するほどの、だ。
「……事情は、分かった。では、蒼嬰殿、約束どおり龍水宮までお送りします。莉莉。お前も共に馬に乗りなさい」
「あ……はい、雪芳お姉様……」
情勢が掌握できないまま、莉莉は指示されたように頷いた。ぽつぽつ、とゆっくり蒼嬰の後ろをついていく。
「蒼嬰殿! ひとつ、お聞きしたいことが……アレ、は何処にやったのですか?」
雪芳が振り返って、ぐっと何か呑み込んだような言い方をした。雪芳にしては、珍しく額に汗が滲んでいる。
「……ああ。あんたの部下に保管させておいたよ。本宮の宝物庫に置いておくそうだ」
蒼嬰は後ろを向きもせず、横顔で、またあの怖い笑みを浮かべながら呟いた。




