8 救世主
夜のスクラップ場は暗い。
ところどころ明かりが付けられてはいるが、全てを照らすほどではなかった。
セツトは倉庫から飛び出すとすぐにそうした暗がりに飛び込み、スクラップの山の間を縫うようにして走った。
最初は男達が後ろから追いかけてきたが、すぐにセツトの姿を見失ったようで、今は後ろから来る者はいないようだった。
セツトは走る速度を少し抑えた。
逃走のスタートダッシュは決まった。
(第1関門はここから出ること)
スクラップ場は広い。出入り口にたどり着くまでにはもう少し走らなければならない。
このまま走って向かうか。一瞬考えて、セツトは重機置き場へと足を向けた。さきほどまで使っていた重機の鍵が手元にある。
敵の強みは人数だ。出入り口近くにいるだろう者に連絡され、出入り口を固められたら生身では突破できない。
重機なら、車より速度は劣るが、重量がある。
先手必勝。
常にこちらから動き、相手に構える時間を与えず、対処を強制し後手に回らせ続ける。戦いの基本だ。
セツトは通りがかったスクラップの山から振り回すのにちょうど良さそうな金属の棒を抜き取り、重機置き場のそばにたどり着き、物陰から置き場を見た。
しばらく観察するが、誰も居ないようだ。
セツトは物陰から出て、全速力で重機に向かい、飛び乗り、鍵を差し込んでひねった。
重機のガスタービンエンジンが起動する。
低いエンジン音が轟き、計器類に明かりがともった。
キャタピラを回し、重機が動き出す。
目指すのは出入り口ではない。
スクラップ場の外周だ。外周は高い塀で囲われているが、薄い鉄板で作られていて強固ではなく、重機で打ち破ることが出来ると思われた。
セツトの乗った重機は一目散に外周へと向かって走っていく。
「いたぞ!」
「重機で西に行ってる!」
遠くで誰かが声を張り上げたのが聞こえた。
見つかった。
だが関係ない。今は駆け抜けるのみだ。
外周の塀が見えた。当然だが待ち構える者はいない。
セツトはそのまま重機の速度を上げ、全速力で突っ込ませた。
ガン、とすさまじい衝突音がして、塀を支えるパイプがひしゃげた。
しかしフェンスが倒れるまでにはいたらなかった。斜め45度で止まっている。
(もう一度!)
セツトは重機をバックさせ、もう一度体当たりを敢行した。
再び響く衝突音。今度はパイプが完全に折れ、フェンスの鉄板がゆがみ、向こう側へと倒れた。
重機がその上を走破してスクラップ場の外に出た。
そこは広い道になっていて、反対側にはバラックが立ち並んでいる。
セツトは重機を左、つまりスクラップ場の正規の出入り口から遠くへ行く方へと旋回させ、アクセルを踏み込んだ。
ガスタービンが唸りをあげ、重機が加速していく。
今のところ追手の姿は影も形もない。
重機はしばらくの間何にも邪魔をされずに走った。
だが必ず追手は来る。
そう思っていると、背後から、別のガスタービンの音がした。
背後を振り返ると、遠くに一台の重機がいた。セツトの乗っている物のようなキャタピラではなく、タイヤを履いている。その上に大きな二本の腕と、物をつかむための三本の爪がついていた。速度はこちらよりも少し速い。
このままでは追いつかれる。追いつかれれば、その腕で攻撃されるだろう。走りながらでは対処ができない。
セツトは一度重機を止め、重機の上部を180度旋回させ後ろに向けた。こちらの重機にも腕は二本あるのだ。
そして、全速で敵に向けて後退。
セツトの狙いを相手も悟ったのか、重機の右腕を大きく振りかぶった。
(これは機兵戦だ)
重機の扱いなら普段から使っている相手のほうが上だろう。しかし腕を使った機兵戦ならば、セツトも負けてはいられない。
セツトは二本の腕で構えを取ると、敵が右腕を振り下ろしてくるのに合わせて左腕で受け流し、右腕をその根元、肩の接合部に突き入れた。
速度が衝撃力になり、敵の左腕が外れ飛んだ。
代償はこちらの右腕の爪だ。
そして本体同士がぶつかる。直前に双方が左右に少し曲がったため、お互いに中心からはずれたところでぶつかり合った。
フェンスに体当たりした時とは比べ物にならない音と衝撃がセツトを襲った。
呼吸が止まる。
お互いに超重量級である。重機はその場で浮き上がるように跳ね、止まった。
衝撃を受けた体中が痛い。
重機はキャタピラがやられていて、もう走れそうにない。相手も同じだが。
(動か、なきゃ…)
セツトはこの場所で寝るわけにはいかない。
シートベルトを外し、痛む体を押して重機から降りた。その間敵の操縦者は動きがない。
セツトはその場から離れ、バラック街の中へと入っていった。
少し歩いていると、痛みに慣れてきて、再び走ることができるようになった。
向かうのは大きなビルが建っている方だ。できれば繁華街だといいが、このあたりの土地勘がないセツトにはそこまで狙っていくことはできそうにない。人目と警察。まずはこの両方があるところまで行きたい。
しばらく進んでいると、時々セツトを探しているらしい声が聞こえたり、懐中電灯が見えたりするようになった。
そのたびにセツトは物陰に隠れ、やり過ごしてまた走り、ということを繰り返した。
何度繰り返しただろう。
男たちをやり過ごしてから走り出した途端、セツトは誰かにぶつかってしまった。
(連中だろうか)
倒れる中でセツトは思った。だとしたら危ない。そうは思うものの、もう体が支えられず、道に倒れてしまった。
「大丈夫かい?」
女性だ。スクラップ場には女性の姿はなかった。連中ではない。
セツトが顔を向けると、そこに赤い美女がいた。
「怪我してるじゃないか。大丈夫かい、立てる?」
セツトは差し伸べられてきた手を取った。力強く体が引き上げられた。
「いたぞ!」
遠くで声がした。
見つかった、とセツトが思うより早く、その女性はセツトを引き寄せると、左手で抱きしめてきた。
「助けがいるかい?」
深く強く、そして優しい声だった。
「は、はい」
「よし、任せておきな」
巻き込んでしまう、などと心配する心さえ起きない力強さと安心感があった。
(この人は誰なんだろうか)
こんな夜遅くに、バラックの立ち並ぶスラムのような場所に一人でいた美女。あきらかに堅気の人間ではないだろうと思われた。
それなのに信頼していい人物だと思えた。
バタバタと大人数が走る音が聞こえてきた。連中が来たのだ。
連中、スクラップ場の男たちが5人、その女の姿を見て足を止めた。
「こんばんは、良い夜ね」
女の声は涼しい。5対1であることに何の恐れもない様子だ。
「海賊令嬢、黒銀のキティ……」
男の一人がうめいた。名を呼ばれた女がにやりと笑った。
「あたしのこと知ってるんだねぇ。うれしいよ」
「なんでここに。いや、いい。そいつをこっちに渡してくれねぇか」
「どうして?」
「そいつには知られすぎちまってる。知られすぎてるってのがどういうことか、おめえさんなら分かるだろ?」
「分かってないねぇ、あんたたち」
キティは男たちの問いかけを無視した。
「あたしが、一度この腕に抱いた美少年を、知らない男たちに渡すなんてことがあるとでも?」
「5対1だぜ」
「本当にそう?」
男たちがキティをにらんだ。
キティの方は、なんとも思っていない様子だ。
「やってみなよ。あたし相手に力づくを通せたらその名に箔がつくだろうさ」
男たちのうち3人が視線を周囲に迷わせた。キティの言葉に心が迷ったのである。
それを悟った男たちの中のリーダー格が負けを認めた。
「ちっ。命がいくらあっても足んねぇよ」
回れ右して歩き去っていく。ほかの男たちもそれに従った。
「あの、ありがとうございます」
セツトはまず礼を告げた。そっとキティから離れようと体に力を入れたが、キティはセツトが離れるのを許さなかった。
「けがの手当てがいるだろ」
キティは懐から電話機を取り出した。
「すぐ車回して。ちょっと拾い物したの」
電話越しに相手に伝えると、ほどなくして黒塗りの車が一台やってきた。
「お頭、お待たせしやした」
「さ、乗ろうか」
もしかして自分は、連中よりもやばい人物につかまってしまったのかもしれない。
セツトはそう思いながらも、逆らうことはできそうになかった。




