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2-29 決闘

 翌日正午。

 立会人同士の協議の結果、決闘の日時はそう定められた。

 場所は領都にほどちかい宇宙空間である。近くに構造物がなく、被害が及ぶ可能性が低い場所に指定された。


 互いに相対速度を合わせた2隻のフリゲートが向き合っていた。

 この2隻のフリゲートの間、球形の空間が決闘を行うべきエリアとなる。

 立会人となったレイズ侯爵とフォルテ侯爵は、それぞれレガリアに乗って2隻のフリゲートの間、ちょうど中間あたりに定位していた。


 周囲には、距離を取って何隻かの船が浮かんでいる。どこからともなく決闘のうわさを聞き付けた、耳ざとい連中だ。


 レイズ侯爵もフォルテ侯爵も、彼ら観客を散らそうとはしなかった。

 帝国における決闘は、まだ機兵に乗っていなかった“地上時代”、騎士たちが鎧を着て馬に乗っていた時代の作法をベースに定められている。


 その決闘が名誉あるものであったか、それを保証するために立会人と観客がいる。観客を立ち去らせるということは、不名誉な行いを疑わせることにつながることとされていた。


『諸君! 今ここに、貴族たる名誉をかけた決闘を執り行う!』


 フォルテ侯爵がオープンチャンネルで声を響かせた。


『この決闘は、ダイオン伯爵の子、セツトがその名誉を棄損されたことによって申し入れられたものである。私、フォルテ侯爵は、この決闘の申し入れを正当なものとして認め、立会人となった』


 それに対し、レイズ侯爵も声を張り上げた。


『決闘を申し込まれたサリアフェ大侯爵の子ディートリヒは、彼の名誉を棄損したものではなく、正当な言説であったことを主張するものである。よってここに決闘の申し入れを受け、自らの正しさを証せんとするものである。私、レイズ侯爵は、彼が決闘を受諾したため、立会人となった』

『私は、フォルテ侯爵の名の元に、この決闘が帝国決闘法に従い、正式かつ合法なものとして行われることを宣言する』

『レイズ侯爵の名の元に、その宣言に同意する』


 定型通りに決闘の場が整えられていく。

 決闘の宣言の後は、立会人による武装の確認が行われる。


 2人の立会人は互いに相手の陣地であるフリゲート艦に近づいて、艦内から出てくるそれぞれの機兵を待った。




 レオンハルトは、その様子を<サファイアス>の艦橋で見ていた。


「ふふ」


 とても楽しそうに見えた。


『双方、機兵を艦外へ!』


 立会人の進行に従い、格納庫から機兵がリフトアップされてくる。

 ディートリヒが乗るのは当然ノミオス。赤と青のカラーリングもそのままに、ロクシアスの突撃槍ではなく、騎士鎧が装備する通常のビームランスを手にしている。


 一方のセツトはエリュテリオスではなかった。

 黒紫のレガリアとは似ても似つかぬ白い機体。それは、どこにでもある騎士鎧だった。


『騎士鎧だと?』


 レイズ侯爵の意外そうな声が通信に乗ってきた。


「そう。レガリアなど不要だよ」


 楽しそうにレオンハルトは呟いた。




 レオンハルトから借りた騎士鎧のコックピットで、セツトは集中していた。

 複座になっている騎士鎧の後部座席にはミツキが乗っている。セツトは単独で騎士鎧を動かすことはできない。それを可能にするためにミツキを中継して繋げてもらっている。いわば裏口操縦であった。


 セツトの場合、レオンハルトのようにレガリアなど不要だなどと豪語するつもりはない。

 エリュテリオスに乗って勝っても、それはレガリアがレガリアに勝ったに過ぎない。それではレガリアにこだわるディートリヒに何の影響も与えることはできない。


 騎士鎧で勝つ。

 それでこそ彼の幻想は打ち砕かれる。

 通常の機兵戦では勝ち目などない。いかに機兵の性能が全てではないとしても、レガリアと騎士鎧にはその機動性に数段の差がある。


 だが決闘は違う。

 騎士の本来の武器は槍と剣。それゆえに決闘では同じ長さ、強度の近接武器を用いることが定められている。機兵の性能の優劣は許容されても、武器の不均衡は許容されない。

 今回、武器は互いに騎士鎧標準のビームランスとされた。いわば、機兵による馬上槍試合である。勝利条件は機体の戦闘不能または相手が槍を失うこと。

 このルールの下でなら、騎士鎧とてやられるだけではない。


『双方、位置に付け』


 セツトは騎士鎧を操り、指定された位置で止めた。

 機体は何の違和感もなくセツトの思念に従ってくれている。

 槍を構え、機体が突撃姿勢を取った。


 モニターに正面のノミオスが映し出されている。同じように槍を構え、右肩のブースターがいまにも点火されそうだ。


 初撃必殺。

 狙うのはそれだ。帝国最強を自称するハルバート曰く、1撃で勝負を決めるという決意がなければ何十と突き合っても勝利はない。


 騎士鎧に乗って戦うことを夢見ていたあの頃から、槍の稽古は十分に積んできた。

 それはディートリヒも同じだろう。


(だけど、僕が勝つ)


 そう心に決めて合図を待った。


『『始めよ』』


 立会人二人の声が同時に開始を告げた。


 2機の機兵が同時に最大加速した。

 騎士鎧は最大の力で加速し、セツトの体をシートに押しつける。

 加速度はノミオスの方が遙かに上。だが速度などというものは相対的なものだ。勝負は一瞬、すれ違う瞬間の技量によってつく。


 セツトはその瞬間に向けて集中力を研ぎ澄ませていく。相対速度計、距離計、接触までのカウントダウンタイマー、モニターに表示されるノミオスの姿、その全てからその一瞬を探り、全精力でもって合わせる。


 構える槍は切っ先を少し下げている。相手の槍を受け流しつつ絡め取り反撃を突き込む防御の型。刹那の間でもタイミングがずれれば逆に槍を失うことになるが、一心に突き込んでこようとしているノミオスの槍に対するには有効な技だ。


『騎士鎧が、レガリアに敵うものか!』


 叫ぶディートリヒの声はセツトの耳には入らない。


 一瞬。

 その一瞬を。

 全身全霊で測ったその瞬間、セツトは槍を操りつつ、騎士鎧の軌道を変えた。


 互いの槍のビーム刃が接触しスパークした。

 セツトの槍がディートリヒの槍を絡め取ろうとする。防ごうとディートリヒも槍を回す。

 上手い。

 ディートリヒは槍を落とすことはなく、セツトもディートリヒを突くまでには至らず、2機は交錯して離れた。


『甘いわぁ!』


 ノミオスが鋭角に曲がった。機体を翻しつつ槍を回し、上段から振り下ろしてセツトを狙う。

 慣性制御による異次元機動。

 騎士鎧には決して真似できない機動だ。もっとも、ディートリヒがそう動いてくることはセツトにとって予想通りといっても良い。レガリアがそう動いてくることなど百も承知である。


 セツトは逆噴射をすることなく機体を回転させてノミオスに向き合いながら、槍を橫に払ってディートリヒの槍を迎撃した。


 槍と槍が打ち合う。打ち合ったことで生じた反作用が騎士鎧に返り、機体がするりと宇宙を滑った。

 セツトはその力の流れに逆らわず槍を沿わせ、闘牛士のようにディートリヒの突撃をかわしながら、その穂先でディートリヒの右肩を撫で斬った。

 槍が打ち合った際の力を利用して相手を斬る、テオドールが得意としセツトに伝授した空間槍術だった。


 ノミオスの右肩は半ばまで切り裂かれ、損傷は肩の駆動系にまで及んだ。


『な、んのぉ!』


 それでもディートリヒは左腕一本で槍を振るってきた。


 しかし、長い槍は片手で万全に振るえるものではない。セツトは冷静にその攻撃を受け、穂先を切り落とした。

 穂先のビーム刃を失った以上それはもはや槍ではない。


『勝負あり!』


 レイズ侯爵が宣言した。


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