2-27 侯爵対ディートリヒ
2機の機兵がディートリヒのノミオスに向かっていく。
1機は薄い灰色。細身で均整の取れた女性的なシルエットに、長大なライフルを携えている。レイズ侯爵のイオクァイラであった。
もう1機は鉄色。その色に似合う無骨で重厚な機体で、あちこちに銃器と思われる武器が装備されている。こちらがフォルテ侯爵のウルカヌスである。
「近づいて見れば、あれは半分ロクシアスか」
手足と頭のパーツに見覚えがある。レイズ侯爵はコックピットの中で呟いた。
「もげていた部分を付け替えた? できるのかそんなこと」
「反応はレガリアですが、識別情報が受信できません。おそらく、非正規の手段で起動しています」
イオクァイラの支援AI、ラムダが侯爵の声に応えた。
「なるほど。さて、まずは話が通じるかやってみるかね」
「個別通信の要請は拒否されています」
「ならあちらが垂れ流しているオープンチャンネルだ。向こうも聞けるだろう」
「了解、どうぞ」
「ディートリヒ殿、聞こえるな。私だ、ご指名のレイズ侯爵だぞ」
呼びかけて数秒待っていると、返事があった。
『お待ちしておりました! 私と戦ってください!』
明らかに興奮している口調だ。
「貴殿と戦う理由はないはずだが」
『あります! 我が大侯爵家はレガリアを失っていないことを証明するのです!』
「それは貴殿の理由であって、私の理由ではない」
『いいや、いいや、付き合っていただく! レガリアがなければ大侯爵位を失うのなら、それがあればいいはずだ! 違いますか!』
「だからその正体不明のつぎはぎの機体をレガリアと認めろと?」
『そうです!』
「無理な話だ。そもそも私闘は禁止されている」
『構いません! 決闘ですよ! 私は、レガリアを手にしたことを証明しなければならないんだ!』
ノミオスの突撃槍がイオクァイラに向けられた。
(来る!)
油断していなかった侯爵は、ノミオスのブースターが点火した瞬間、回避機動をとった。
イオクァイラが突撃槍を紙一重でかわした。
だが、慣性の法則に縛られないレガリアにとって、初撃の回避は安全を意味しない。
ノミオスは鋭角的な切り返しを行い、2撃目をイオクァイラに繰り出した。
穂先がイオクァイラを捉えた。
だが突撃槍が装甲を貫く感触はなく、空を切ったようだった。貫かれたはずのイオクァイラの姿がゆらぎ、かき消えた。
「幻だよ」
その時、本物のイオクァイラはノミオスから距離を取り、手にしたライフルを向けていた。
引き金が引かれる。
銃口から発した1本のビームがすぐに数十本の光の束へと分かれ、ノミオスへと襲いかかっていった。
ノミオスが射線からそれると、ビームもそれに合わせて軌道を曲げた。追尾性能持ちだ。
ノミオスは機体を加速させつつ回避機動を取って振り切ろうとするが、ビームは互いに絡み合いながら目標を追い続けた。
「な、んのぉ!」
回避をあきらめ、ノミオスは突撃槍でビームを打ち払った。槍が纏うエネルギーがビームと干渉しホーミングビームをかき散らした。
すかさず第2射。
ノミオスは回避を試みようともせず、真正面から槍を構えて突撃した。
槍がビームを散らしながら、突進していく。
槍が再びイオクァイラの幻を貫いた。
その後も同じような流れが繰り返されていく。
フォルテ侯爵はその戦いに手を出さず眺めていた。
(殺さずに制圧したいようだな)
レイズ侯爵の戦い方には殺気が感じられない。一方のディートリヒの戦いぶりは、相手の生死を考慮していないように思える。
茶番だ。
フォルテ侯爵は内心そう断じていた。
そう思えばこそ、手出しを控えた。もちろん、これまで共に戦ったことのないレイズ侯爵といきなり連携をとってもうまくいく気がしないという事情もあった。
ディートリヒの叫んでいることを聞いていると、もはやレガリアにしがみついているとしか思えなかった。
レガリアがあるかどうかは、重要ではないとはいえないが、今回の処分についての核心ではない。領内で反乱を起こされ、あまつさえその反乱軍に負けるなどという結果になった以上、レガリアがあったとしても大侯爵領を維持できるかは怪しいところだっただろう。ロクシアスが失われていなくとも、汚名を返上するまでは伯爵位に、ということも十分あり得る。
だが、ディートリヒはさきほどからレガリアレガリアと叫ぶのみである。
事件の本質ではないことに囚われているようでは、彼の今後は明るいものにならないだろう。改革派としては全く困ることではないが。
しかしディートリヒのあの機体は何だろうか。半分はロクシアス。ならもう半分はなんだ。そこに何か看過しがたい事情が潜んでいる気がする。
「マスター、もう2機来ます」
フォルテ侯爵がノミオスの正体について思索を始めたころ、支援AIが声をかけてきた。
「2機?」
麾下の者には近づかないよう命じてある。この状況で近づいてくる機兵がいるのは予想していなかったことだ。
「はい。レガリアです」
「……ほう」
姿を確認すると、白いレガリアと黒紫のレガリアの2機が一緒になって向かってくるところだった。
「何者だ?」
フォルテ侯爵は2機を誰何した。
『テーセウ公爵家のパルテノスです。もう一機は当家の機密ですわ』
白いレガリアの方から若い女の声で返答があった。レオンハルトの妹が来ているという情報はフォルテ侯爵の耳にも届いていたから、彼女だろうと思われた。
テーセウ公爵が、レガリアを公爵位を継承するレオンハルトではなく、その妹の方に渡したのは意外ではあった。
「これは失礼いたしました。何をしに来られたのです?」
フォルテ侯爵は丁寧な言葉遣いに改めた。
『どうかあの赤青のレガリアの対応を、私たち、いえ私の僚機に任せていただきたいのです』
「殺すのですか?」
『いいえ、そのつもりはありませんわ』
「ふむ」
フォルテ侯爵はどう返答するか考えた。これに応じて、自ら、そして改革派にデメリットはあるだろうか。
なさそうだ。
「わかりました。レイズ侯爵! 選手交代といかないか。テーセウ公爵家がこの件を預かってくれるらしい!」




