2-26 槍を揮う者
「行ったな」
アルテアは、突き破られた格納庫の天井の隙間の空を仰いでいた。
「えぇ、行っちゃいましたねぇ」
クロイツは空には興味なさげで、あー一仕事終わったとでも言いそうな伸びをしていた。
「よし、では撤収だ。行くぞクロイツ」
アルテアはさっと気分を切り替えた。
「そうですね。片付けましょうか」
「そんな暇があるか馬鹿。あいつはここから飛び立っていったんだ。すぐにいろんな連中がここに押し寄せてくるぞ」
アルテアはクロイツの襟首を掴んで出口に向かって歩き出した。クロイツが引きずられていく。
「え、中佐。そんな、備品はともかく使わなかった部品とかまだ調べたいものが一杯あるのに」
「諦めろ」
「そ、そんなぁ!」
クロイツの抵抗は一瞬たりともアルテアの足を止めることが出来ない。
そんなアルテアが、ふと立ち止まってセツトを見た。
「セツト、お前は?」
「私も逃げますよ、ちゃんと」
「そうか。達者でな。運が悪ければまた会うこともあるだろう」
そう言ってアルテアは再びクロイツを引きずり始めた。
「そろそろちゃんと歩け」
「やです、私の研究対象―!」
「その成果がこれから戦うのだろ、どの程度使えるのか見なくて良いのか」
「それはそれ! これはこれ!」
「また新しいの貰ってやるから」
「ほんとですか! 嘘じゃないですよね。針千本飲ませますよ!」
「保証はしない」
「中佐の鬼―!」
2人は騒がしく去って行った。
格納庫内に静寂が戻った。
セツトはポケットから電話を取り出すと、通信をミツキにつないだ。
『はい、マスター。ご用件をどうぞ』
「ついさっき、大侯爵邸から一機飛び立った機兵がいるでしょう。今どうしてる?」
『モニターしております。現在当該機体は宇宙港に向けて飛行中です』
「<黒銀の栄光>かな?」
『いいえ、<黒銀の栄光>号が停泊中の場所とは異なります』
「目的地にレガリアはある?」
『はい。帝国軍所属のレガリア2機が、停泊している宇宙艦の内部にあります』
侯爵2人のレガリアだ。セツトはディートリヒの目指す先を理解した。
(正気なのか?)
味方同士だ。
戦って被害が出ればレガリアかどうかどころではない。反乱と糾弾される可能性さえある。
『たった今、当該機が接触を図った防衛隊の機兵を攻撃、2機を撃墜しました』
「……」
セツトの危惧が当たった。
ディートリヒは今、正気を疑うべき状態にある。それがあのアルテアとクロイツという人類連邦の者が何かしたせいかどうかはわからない。
彼を放置することはできないと思った。
「ミツキ、すぐにエリュテリオスに乗りたい」
『分かりました。エリュテリオスで大侯爵邸まで行きます。到着は20分後です』
「合流場所はどうする?」
『どこでも。私はマスターの位置情報を把握しておりますので』
「分かった、待ってる」
セツトは電話を切った。そろそろ自分もここを出た方がいいだろう。
その正体不明の機体は、突然地表からすさまじい速度で宇宙まで飛び上がってきた。
まずその機体を発見したのは、衛星軌道上を哨戒していたレイズ侯爵配下のスループ艦だった。レイズ侯爵、フォルテ侯爵の協力のもと星系の治安は安定している。何の危険もない哨戒任務についているはずであった。
スループ艦<エラルド>艦長オイゲン男爵は、まずは規定に従い、待機させていた量産機兵2機を発進させて正体不明機に接触させることにした。
「所属不明機へ、所属と目的地を明らかにされたし!」
<エラルド>から正体不明機に通信が試みられた。
『レイズ侯爵! フォルテ侯爵! 出て来い、戦おう!』
返答はそういう叫びだった。質問に対する答えにさえなっていない。
しかしオイゲン男爵はその返答について、両侯爵を害する意図があると判断した。
「制圧を」
オイゲン男爵の判断は正しい。
オイゲン男爵にとって不幸だったのは、それがディートリヒの乗る突撃槍を携えたレガリア、ノミオスであったことだ。
制圧の命令を受けた機兵たちがビームライフルを構えた。
その瞬間、ノミオスは90度直角に軌道を変化させたかと思うと、ランダムな角度でしっちゃかめっちゃかな機動を始めた。
「な、なんだあの動き!?」
慣性の法則を無視した常識外の回避機動である。いつどんな角度で曲がるか予想もつかない。ライフルの狙いが定まらない。
「こんなのどうやって―――」
ぴた、とノミオスの持つ突撃槍の穂先が彼の機兵に狙いを定めた。その右肩のウィングが爆発的な噴射炎をまき散らし、すさまじい加速で一直線に迫ってきた。
「ひっ」
慌ててビームライフルの引き金をひく。
だがそのビームが発射されるより早く突撃槍の穂先が機体の胴を貫いた。
穂先は犠牲者を差し貫いたまま、もう一機の量産機兵へと向けられた。
再び加速。
2機目も突撃槍に貫かれ、2機の機兵が串刺しとなった。
2機がもろともに爆発した。
その爆炎の中、ノミオスは再び突撃槍を構え、<エラルド>を狙った。
加速。
突撃槍が淡く輝きエネルギーを纏う。
ノミオスは突撃槍と一体となって<エラルド>の艦首から突入し、艦尾に向かって一直線に貫き飛び出した。
艦内のいたるところで爆発が起こった。
一撃でスループ艦を無力化し、ノミオスは再び宇宙港に向けて飛翔をはじめた。
『レイズ侯爵! フォルテ侯爵! 出て来い、戦おう!』
何度もその叫びを発しながら。
「正体不明機が?」
報告を受けたレイズ侯爵は最初それが大した事態だとはおもわなかった。
だがすぐにもたらされた追加報告で、ただならぬ事態が起こったことを察した。
量産機兵2機の撃墜、及びスループ艦の轟沈。よほどの機体でなければできない芸当だ。
「画像を」
侯爵の言葉に従って提供された遠方からのカメラ動画を見て、侯爵は眉をひそめた。
通常の機兵ではありえない超常の機動。
それはレガリアのみに許された機動だ。
問題はそのいびつな造形をしたレガリアを侯爵が知らないことにある。
「……フォルテ侯爵と話はできるか?」
同じ報告をフォルテ侯爵も受けているはずだ。
すぐにフォルテ侯爵と通信がつながり、話すことができた。
『やぁ、侯爵。とんでもないものが出てきましたね』
「念のため聞いておくが、あれはそちらの仕込みか?」
『いいえ、こちらも念のため聞きますが、そちらの手の者ではないですよね?』
「冗談ではない。沈められたスループは私の麾下のものだ。私ならほかの船を狙うね」
『でしょうね。問題は、あの機体がレガリアっぽいということですね』
「そうだ。ロクシアスを撃破したやつとも違う、何者だと思う?」
『……あの機体が持っている物、ロクシアスの格納庫にあった槍では?』
「……」
レイズ侯爵ははっとした。
言われてみればそうだ。長い突撃槍。あれは残骸となったロクシアスの格納庫に飾られていたものだ。
「まさか、ディートリヒか?」
『機体をどうしたのかはともかく、搭乗者はおそらく。時折発している声も、叫んでいて判別しがたいですが、彼の声ではないかと思います』
「……止めねばなるまい。君と私でやろう。通常機では相手にならないだろうから」
『そうですね』
2人は頷きあった。




