2-24 不法侵入
レオンハルトが帝都から来た。
「お兄様、お久しゅうございますわ」
カーマイン伯爵を通じて連絡があり、エルザは領都の郊外にある高級オーベルジュに招待された。
「あぁ、麗しの我が妹よ。久しぶりだね」
レオンハルトは大仰に手を広げてエルザを出迎えた。
「まさかお会いできるとは思いませんでしたわ」
「今回は君の影武者を連れてきたんだ。私は今帝都から一緒に妹も連れてきて、長旅の疲れを癒やすために兄妹でここに泊まることになっているんだ」
「わざわざ大がかりなことをなさいましたのね」
「エルザに会うためならそれくらい苦ではないとも。あとで影武者を買って出てくれたクロエにも会っていってくれよ」
クロエとは公爵家の使用人の1人であった。背格好がエルザに似ていたはずだから、遠目で見分けられる者は少ないだろう。
「もちろんですわ」
「さぁ、まずは食事にしようか。ここのフリットとステーキの焼き加減は絶品らしいよ」
オーベルジュの従業員に先導され、レオンハルトとエルザは個室へと案内された。
壁の1面がガラス張りになっていて、外を見ることが出来る。時刻は夕方、ちょうど夕日が庭を照らしていた。
「お兄様、そもそも何のために大侯爵領に戻ってらしたのですか?」
「もちろんエルザに会うためだよ」
レオンハルトは爽やかな笑みを浮かべた。
「そういうのは婚約者にしてさしあげてください」
エルザは笑顔のまま冷たいことを言った。
「厳しいなぁ。分かったよ。本当のことを言うと、ディートリヒ殿を帝都に連れて行くためさ」
「帝都へ」
「あぁ。やはりというべきか、降爵になりそうだ」
「どの程度になりそうでしょう?」
「子爵にという声の方が強い。積極派は抵抗しているけどね」
「いつごろ出発なさいますの?」
「1カ月はいたいところだが、おそらく10日後くらいになるだろう。関係者ともいろいろ話さなければならないこともあるしね」
「そうですか……」
そう話をしているところにシェフが挨拶に来て、兄妹の話は一旦止まった。
挨拶に対応し、レオンハルトに白ワイン、エルザに炭酸水が供されてから、話が再開された。
「また何か企んでいるのかな?」
「まぁ、企むだなんて」
なんのことかわかりませんわ、うふふ。
エルザの反応にレオンハルトはわざとため息をついてみせた。
「父上が驚いていたよ」
これはエルザが父親を脅した件だろう。
「セツトは手放してはならない相手ですわ」
「新たなレガリア、エリュテリオスの操縦者。確かに帝国に繋いでおくべき人物ではある」
レオンハルトは理性で納得した。納得してしまった。レオンハルトも妹には盲目になるのかもしれなかった。
「繋いでおけそうなのかい?」
「友好的な中立くらいにはなったと思いますわ」
「黒銀のキティが敵対的だったという出発点からすると、今の時点では満足かな。これから少しずつ絡め取っていきたいね」
「えぇ、そうですわね。次に何を依頼するか、考えていかなければ」
「もう考えてあるんだろ? 教えてくれないか?」
レオンハルトの問いかけに対して、エルザは含み笑いをした。
「乙女の秘密ですわ」
「昔は何でも教えてくれたのにな」
レオンハルトはちょっとすねたように口をとがらせた。
「お兄様、知ってらして?」
エルザは満面の笑みを浮かべる。
「昔の話をすると、レディーに嫌われますわよ」
言葉の右ストレートがレオンハルトのボディに突き刺さった。
その後、2人は当たり障りのない近況の話題へと移行させ、食事を楽しんだ。
出発まで10日。
エルザがレオンハルトから聞き出した情報を元に、セツトは大侯爵邸への潜入を試みることを決めた。ディートリヒに会うためである。
キティの協力の下アンダーな関係者に繋いでもらってなんとか計画を整えることができた。
「ん、廃棄物の引き取り業者か。入って良いぞ」
通用門の門番は書類を形式的に見るだけで廃棄物回収車を通した。
運転手は正規の業者だ。セツトは清掃業者の作業服を借りてその隣に乗せてもらい、邸宅への侵入を果たしたのである。
「ありがとう、おっちゃん」
「おう、戻りの時間は守れよ。物の持ち出しもダメだぞ」
セツトは門からしばらく行ったところで車を降りた。恋人が邸宅で働いているので密会に行く、という設定で話をしているが、おそらくおっちゃんも信じていないだろう。
セツトは頭の中に大侯爵邸の地図を思い浮かべ、格納庫へと向かった。
ディートリヒは日中ほとんどの時間そこに入り浸っているということであった。
他の建物から離れて、白く無骨な格納庫があった。
周囲に人影はなく、警備もいない。
セツトは『道に迷ってしまった』という顔をしてそこに近づいていった。
格納庫の大きな扉、機兵が出入りするためのものはしっかりと閉められている。その脇に人間用の扉があった。
扉は磨りガラスの小さな窓しかついていない重そうな鉄の扉である。
セツトはそのドアノブに手をかけた。
音が出ないようにゆっくりと引いて開ける。
「どちら様かな?」
低い女の声が背後からしてセツトは動きを止めた。
ゆっくり振り返ると、使用人服を着た金髪の女性がいた。ただ、手にはその服装に似合わない無骨な拳銃が収まっていて、銃口をセツトに向けてきていた。
構え方が慣れていて手堅い。
「あー、清掃業者です。先輩とはぐれちゃって」
両手を上げて弁明を図った。
「清掃業者はそんな綺麗な手をしていない、そうじゃないか?」
「新人なんですよ」
「そうなのか、それは悪かったな」
銃口は動かない。
「誤解が解けたのならそれを下ろして欲しいんですけど」
「残念だが、それはできないな。何しろ私は不法侵入者でね、君が本物の業者かどうかはどうでもいいんだ」
「そ、それ堂々と言っちゃいます?」
「いいだろ。で、私としては君が業者でも侵入者でもどっちでもいいんだが、素直に喋るつもりは?」
「……海賊船<黒銀の栄光>号の者です」
セツトは賭けた。この女が本当に侵入者なら、帝国側の人間ではないはずだ。それならチャンスがある。
「ほぅ、海賊」
セツトの告白は女の興味を引いたらしい。
「黒銀の栄光、聞いたことあるな。たしか反帝国の海賊だったはずだ」
セツトは頷く。知っていたおかげで説明する手間が省けた。
「ピンク髪の腕のいい機兵乗りがいたな。たしか、シェラだったか」
「シェリー姐さんのことですかね?」
「そう、それだ。シェリーだ。元気にしているか?」
セツトは謀られたなと思った。
本当に関係者であれば名前の間違いを見過ごさずに訂正する。これでセツトが関係者か確かめる。同時に髪色まで指摘することで自身がシェリーについてまで情報を持っている側であること、すなわち人類連邦軍の者であることも示唆してきている。大胆で粗雑そうに見えて手が細かい。
「いつも通り部下たちを罵倒してますよ」
「はは、相変わらずだな。どうやら我々は協力できる関係であるようだな。私は人類連邦軍中佐アルテア・ヴァレリィだ」
アルテアが名乗って銃口を下ろした。銃をしまわないのは、まだ警戒しているからだろう。眼光にも油断がない。
「セツトです」
「ここには何をしに?」
「大侯爵の特別機の残骸がここにあるそうなんで、奪えないかなと。金になるでしょう?」
「うんうん、そうだな」
アルテは軽く頷いたが、納得しているのか、とりあえずの相づちなのか、まったく見分けがつかない。
「残念だが残骸を奪うというのはもはや叶わぬ夢なんだ。せっかくだ、中に入って見ていくといい」
そう言ってアルテアはセツトの脇を通り抜けて格納庫の中へと入っていった。
セツトは引き返そうか一瞬迷ったが、意を決してその後を追った。




