2-22 憂鬱な仕事
レイズ侯爵は朝から最低の気分だった。
気が進まない仕事。それでもやらなければならない仕事。
そういうものをやらなければならないとき、人は朝から憂鬱になる。
「憂鬱そうですね、侯爵」
涼しげな声にレイズ侯爵の苛立ちが一瞬で限界突破した。
「気に食わないやつをぶんなぐって気を晴らしたいくらいにはな」
レイズ侯爵とて分別のある大人である。少なくとも部下などにこのような苛立ちをぶつけることはできない。現在領都にいる人間の中で彼が唯一率直に八つ当たりをしてもいい人物、それが目の前のフォルテ侯爵だった。グラーツ大公がサリアフェ大侯爵領に派遣してきた改革派の貴族である。
「やめてくださいよ、せっかくの協調が消し飛んでしまう」
これからやる仕事は彼と一緒にやらなければならないのだ。
「その苛立つ気持ちは理解しますよ。誰だって誰かに絶望を突き付けるのは楽しくないのですから」
「その割には気楽そうに見えるが」
「よく誤解されるんですよね。深刻さが足りないと」
2人は派閥こそ違うものの、こうして表立って仲良く振る舞うことができる程度には仲が悪くなかった。
「私もレガリアの乗り手の一人、それを失うことの重みは理解しているつもりです。私が伝えましょうか?」
レガリア・ロクシアスは直らない。
フォルテ侯爵の申し出は、改革派として対立していた自分がそれを伝え、嫌われ役を買って出ようかという提案であった。
魅力的な提案であるが、それに応じるのは筋が違う。
レイズ侯爵は誘惑を断ち切るように頭を大きく振った。
「私がやる」
レイズ侯爵は、サリアフェ大侯爵の子ディートリヒとは何度か顔を合わせたことがある。こういうことは知り合いから伝えるべきことだろうと彼は考えていた。
フォルテ侯爵はその返答に肩をすくめて見せた。難儀なことで、と思っていることだろう。
2人はそろって大侯爵邸のロクシアス専用の格納庫に足を踏み入れた。
入り口から入って正面、もはや残骸となったロクシアスがあった。かつてまばゆいほどに磨かれていた真紅の機兵は、塗装は焼かれて溶けて黒ずみ、右足と左腕を失った哀れな姿で格納庫に吊り下げられていた。
動力炉の爆発によるものだろう、胴体は大半の装甲を失っており、フレームが露出していた。特にコックピットがあったはずのあたりなどフレームも歪んでしまっており、甚大な損傷を受けたことが一目でわかった。
その機体の脇に、大きな突撃槍が立てられていた。これだけは無傷だった。
ロクシアスの正面で、一人の青年が待っている。
淡い蜂蜜色の金髪をした青年だ。身なりは整えられているが、その表情は暗く痛ましい。
ディートリヒである。
レイズ侯爵は以前彼に会った時の自信あふれる姿を思い出し、悲痛な気持ちにさせられた。
「レイズ侯爵閣下、フォルテ侯爵閣下、ご足労いただき恐れ入ります」
挨拶の礼は、しみついた体の癖だけで行われていた。
「わが身の至らなさ故、今までご挨拶が遅れたこと、申し訳ありません」
「構わない、ディートリヒ殿。我々とて事情は承知している。サリアフェ大侯爵は私の大切な友人でもあった。我々は同じ思いを共有している」
レイズ侯爵は彼を慰めた。ディートリヒは短くはいとだけ答え肩を震わせた。
一言二言と言葉を交わし、レイズ侯爵はディートリヒが落ち着くのを待った。
「閣下、教えていただきたいのです。ロクシアスは、直るのでしょうか」
そうしているうちにディートリヒの先制攻撃を受けてしまった。
これはレイズ侯爵から切り出すべき事項だった。戦いも、会話も、先手が主導権を握るのである。
「……連れてきた技師と、我がレガリアの支援AIに確認をした」
だが聞かれた以上は答えなければならない。
「レガリア・ロクシアスは、自己修復機能が作動しないほどの重大な損害を受け、完全に機能を停止した。もはや誰にも再び動かすことはできない」
レイズ侯爵の言葉は雷となってディートリヒを貫いた。
「私も、同様の見解を確認した」
フォルテ侯爵が付け加えた。
ディートリヒが崩れ落ちた。膝をつき、手をついて、立ち上がることができないようだった。
「再び動かすことはできないのですか……」
ディートリヒの声は震えていた。
「そうだ」
「直せないのですか」
「そうだ」
「で、では、私は、どうなるのですか」
レイズ侯爵はその質問を大侯爵領と爵位についての質問ととらえた。
「陛下の裁定次第だが、領地は誰か他の者が預かることになるだろう。爵位の方は陛下のご決断次第だ」
アルハーン公爵の見解もあったが、レイズ侯爵自身でも先例を調べていた。過去には数えるほどだがレガリアが失われたことがあり、その際とられた爵位に関する処置も記録されている。
だがレイズ侯爵にはそれをディートリヒに伝えることはできなかった。
原則としては先例の通りになるとはいえ、皇帝次第では別の処置とすることもありうるのだ。レイズ侯爵は彼に希望を残したかった。
「先例では、伯爵位や子爵位に降爵とされている」
フォルテ侯爵がそれを告げてしまった。レイズ侯爵は殺気さえ込めてフォルテ侯爵をにらみつけた。
フォルテ侯爵はその視線に真っ向から対抗した。
「2度叩き落とすつもりか」
そう言われてレイズ侯爵は殺気だけは消した。フォルテ侯爵とていたぶるつもりで告げたわけではないと気付いたからである。
「我々は大侯爵領を安定させるために来ただけだ。爵位と領地については、追って帝都から呼び出しがあるだろう」
フォルテ侯爵が静かに告げた。
ディートリヒからの返答はない。泣くこともわめくこともなく、ただフォルテ侯爵の言葉を受け止めていた。もしかすると受け止めきれていないのかもしれない。
それ以上2人から言えることは何もなく、2人はディートリヒを格納庫に残して立ち去った。




