2-21 獅子姫
「番頭のカーベと申します。いやはや、大変な時に来られましたなぁ」
ドゥートン商会の番頭カーベは、来客を迎えていた。
「そのようだ。しかし大変な時こそ商機というではないか。商人として、当然の行動だと思うがね」
その来客は、全く商人らしくない鋭い瞳をきらめかせ胸を張っていた。
「商船<バトラズ>船長アルテア・ヴァレリィ様でしたな」
カーベは来客時に伝えられた名をそのまま口にし、愛想笑いを浮かべた。
「人類連邦軍の“獅子姫”といえばここまで名が聞こえてくるほどでございますよ。豪胆なことで」
「はは、こそこそと偽名を使うのは苦手でね。しかし、そのあだ名は我が軍でもそう広く回っていないはずだがよくご存知で」
「私どもは商人ですから、情報というものには軍人と同じくらい気を使っております。特に、うかつに手を出すと噛まれる相手の情報についてはね」
アルテアがカーベの情報力を賞賛すれば、カーベは一癖も二癖もありそうな笑みを浮かべて見せた。
商人にとっては国境など些細な問題でしかない。相手がいて、売れるものならば誰だろうと売る。ドゥートン商会はそういった生粋の商人であった。
連邦の情報部におけるドゥートン商会の評価は『売り物は多くないが、売った物については虚報が少ない』というものである。
「それで、本日はどのようなご用向きでしょう」
「情報を売ってくれ。支払いは特別にビームではなく、帝国ドルだ」
アルテアが少しの脅しを入れたところでカーベの営業スマイルは揺らがない。
「ご入用のものは?」
「最新の大侯爵領の情勢、それと、大侯爵と反乱軍の戦闘の詳細など在庫があれば」
「情勢については、機密指定のもの以外でしたらいくらでも。戦闘の方については、さすがに私共では分かりませんな」
「売れる範囲で構わないとも。大侯爵が戦死して、その後どうなっているのか知りたくてね」
「帝都から、お二方の大貴族が軍勢を率いてきております。
1人はレイズ侯爵、積極派の貴族ですな。
もう1人はフォルテ侯爵、こちらは改革派ですな。
このお二方が、現在大侯爵領の各地を等分に分配するように回っております。あらかじめ勢力範囲を決めてきたようです。どちらも対立派閥であっても現実的に協調することのできる堅実な人選ということもあり、上手く協力しているようで、互いの衝突は起きておりません」
「隙はなさそうか。それは残念だ。どのエリアをどちらが掌握しているかは?」
「あとでデータを送りましょう」
「うん。大侯爵には子がいたはずだが、その子はレイズ侯爵と行動しているのか?」
「最近、公には姿を見た者がいないようです。邸宅で謹慎しているという噂もあります」
「ふむ」
アルテアはその後もカーベに質問をして、いくつかの情報を得た。代金の他にも中立国についての情報をカーベに提供した。
ほかの情報源と突き合わせて騙されていないか確認する必要はもちろんあるが、一応の信用はしていいといえよう。
アルテアはカーベとの情報の取引を終えると自身の船<バトラズ>に戻った。
アルテアが商会を訪れている間に部下に買わせておいた新聞などの情報源に一通り目を通すと、クロイツを呼んでの打ち合わせが始まった。
「レガリアの残骸は領都の大侯爵邸だろう」
これはカーベがそう話したわけではない。大侯爵の子が邸宅から動かないようだという情報や、その他の情報を総合して推測した結果である。
「では領都に行きましょうか」
目的に対して一直線。クロイツとはぶれない男である。
「レガリアが2機もいるらしい領都にか」
「それが何か?」
クロイツの辞書に豪胆とか勇猛という言葉はない。彼はただ危険を考えていないだけ、つまり無謀なのである。
「もしかすると大侯爵を落としたやつもレガリアかもしれないわけだが、もしそいつもいれば3機だぞ」
「素晴らしい。動く研究対象が3機もいるとは。早く行きましょう」
これにはアルテアも苦笑せざるを得なかった。
「お前、そんなだから私以外誰も頼みごとを聞いてくれないんだぞ」
「中佐が断らなければ十分です」
「私は本当に危険になったら捨てて逃げる方針だからな」
「その時は帝国に亡命して研究させてもらいますよ」
アルテアが見るところ、このクロイツという男はおそらく本当にそうする。自身がしたい研究のためならばどちらかの陣営かなど気にしない男だ。
「うん、そうか。その時はちゃんとお前を殺してから逃げるよ」
「それでは研究ができなくなってしまう……」
「お前はアンデッドになってでも研究しそうだから大丈夫だ」
「その手がありましたか!」
アルテアはわざとらしくため息をついた。
「上層部も、よくこんなやつを使おうと思ったものだ」
「使えるからですよ。使いやすい無能より危険な天才を選ぶ。実に軍隊らしく狂っておりますね」
「そうだな。軍というのは度しがたい狂人の集まりだ」
アルテアとクロイツは、目を見合わせてにやりと笑った。この2人はこういうところで気が合うようであった。
「で、レガリアの残骸をどうするつもりだ。奪えばいいのか?」
「できることならそうしたいですけどねぇ。さすがの獅子姫様でもできないことはあるでしょう」
「そんな言い方されるとチャレンジしたくなってくるぞ」
「できるならしてもいいですけど、調べる時間をいただければ十分です」
「そうか、それじゃあ潜入ミッションだな」
「獅子姫様が一番苦手な奴ですね」
「ほほう」
アルテアは全身に覇気をみなぎらせた。
「私が万能の天才だということを見せてやろう」
どう見ても敵地に潜入しようという者には見えない迫力であった。




