2-20 たゆまぬ稽古
樹脂製の模造剣を中段に構えたミツキが踏み込んできて、剣を突きこんできた。
セツトはその突きを自らの剣で逸らし、一度下へと押し込んでから、ミツキの胴を払おうとした。だがその攻撃は読まれていたのだろう、一足早くミツキは半歩下がって紙一重で切っ先をかわし、再び飛び込んで打ちかかってきた。
剣で受け止める。
「くっ」
ミツキの小さい体からは想像もつかない重さで剣が押し込まれた。
押し返そうとするとその瞬間に力が抜け、二打、三打と立て続けに鋭く打ち込んでくる。
セツトは防戦に回らざるを得なくなった。
一撃一撃にしっかりと重さが乗せられている。手がしびれるような剛剣であった。
一方的に攻められる状況がしばらく続く。
「受け止めるだけでは先がありませんよ」
ミツキがアドバイスをしてきた。呼吸の制約のないミツキはどんなに激しく動いていても落ち着いた口調で指導をはさんでくるのだ。
もちろんセツトもそんなことは分かっている。
セツトはミツキの圧に負けじと前に出て、振り下ろされてきた一撃の力の方向を見極め受け流した。
その力の流れも利用して全力で打ち返す。
今度はミツキが防御に回った。
セツトとミツキは足を止めて剣を打ち合った。その最中、ミツキの剣がするりと回ってセツトの剣を巻き込み、空へと放り飛ばしてしまった。
回転しながら落ちてくるその剣をミツキが左手でキャッチした。
「ここまでにいたしましょう」
ミツキが稽古の終了を宣言した。
「お客様ですので」
す、とミツキが顔を向けた先にはタオルを持ったエルザと、お茶セットの入っている箱を持っているアンネの2人が、こちらに向かって歩いてきているところだった。
セツトは乱れた息を整えながらエルザを待った。タオルを受け取って汗を拭いていく。
「精が出ますのね」
「自分の体を使って戦う技を身につけることは、機兵での戦いでも生きるからね」
エリュテリオスの操縦は『思考』で行う。それは騎士鎧も同様であるが、だからこそ騎士たちは生身でも戦う技を磨くのであった。
「テオドール先生の教えね」
微笑むエルザにセツトは頷いた。
「話は終わったの?」
つい先ほどカーマイン伯爵が訪ねてきていたはずだ。伯爵は2週間に一度はここを訪れエルザに現状の共有をしてくれているのだ。話を聞くのはキティとエルザだが、その後エルザがセツトにその内容を伝えるところまでが恒例になっていた。
ここは、領都にあるサリアフェ大侯爵の別邸の一つだ。現在はキティ一味のための宿と化していた。
「えぇ。伯爵がケーキを持ってきてくれたから、休憩にしましょう」
伯爵は、ここ最近毎回何かしらのケーキを持ってきてくれるようになっていた。キティはケーキには目もくれないらしく、もっぱらセツトとエルザのお茶請けになっていた。
セツト達が勝手に稽古場にしている庭の一角の近くに東屋がある。4人はそこに移動して、アンネが楽しそうにお茶の用意を整えるのを待った。
「それで、何か変わったことはあった?」
「特別なことはあまり。大侯爵の命で行われていた過剰な課税は順調に見直されているらしいわ」
「それはよかった」
「今のところ領内に大きな混乱もないとのことで、あとは早ければ来週くらいには帝都から知らせが返ってくるでしょうね」
「大侯爵は代わることになるのだろうか」
レガリアを持つ者は侯爵以上の爵位を持つ。それは逆にレガリアを失えば侯爵位を保てないという推測に行きつく。その前提条件を知らないだろうと思われるカーマイン伯爵など大侯爵領の者たちにはその推測を伝えられていないが、セツトとエルザはその可能性が高いと見ていた。
「レガリア・ロクシアスが修復できない以上はおそらく。大侯爵領の方たちは帝都の技師であれば直せるのではないかと期待しているようですが……」
エルザは言葉を濁した。
この点についてはセツト達にはもう結論が出ている。ミツキとエリクが共に『支援アンドロイドが停止しているようです。そうである以上、自己修復機能は作動いたしません』と断言しているのだ。ロクシアスのコックピットは爆発により重大な損傷を受け、その際にロクシアスの支援アンドロイドも損壊して機能を停止していた。
「帝都からの知らせが来れば、少し荒れるかもしれないね」
大侯爵の長男ディートリヒが爵位と領地を継ぐのではなく、他の者が新たに領主となれば、混乱は避けられないだろう。
エルザは同感だと頷いた。
「できれば最小限で済んでほしいわ」
「彼は相変わらず?」
「部屋から出てこないそうよ。周りは気をもんでいるけれど、誰も触れられないみたい」
「そっか」
気にはなるが、セツト自身も大侯爵が死んでもかまわない気持ちでロクシアスと戦った身である。気になるからといって何ができるだろうか。
「足元のガラスが割れるのね」
エルザがぽつりと呟いた。
それはあの時セツトがエルザに言った言葉であった。
「そうなるかもしれない」
今、ディートリヒの足元のガラスが割れようとしていた。大侯爵位と大侯爵領がどうなるのか、確定情報がもたらされれば砕け散ってしまうかもしれない。
セツトはたまたまキティと出会うことができた。貴族の事情など知ったこっちゃないと笑う自由闊達な海賊の姿に、全く異なる世界への入り口を開いてもらうことができた。
(彼にそのような人はいるだろうか)
そんな疑問が生まれた。キティほど個性が強い人物でなくても、彼に新しい生き方や視点を提示できる人物がいれば、新しい道を選ぶことができるだろう。
「怖ろしいものね、レガリアって」
エルザはセツトとは違うことを考えていたようだった。
「ただの機兵でしかないはずなのに、多くの人がそれに拘り、人生を変えさせられていくわ」
悩んでいる風ではない。感慨深く過去を振り返るような口調だった。
セツトは頷いた。
セツトがこうなっているのは、言ってしまえばエリュテリオスなんてものがあったからだ。嫌な気持ちも、恨むこともないが、原因はそこにある。
エルザもそれに巻き込まれたようなものだ。
「僕らもね」
そう指摘するとエルザは苦笑交じりに笑った。
「そうね。想像もしていなかった未来にいるわ。彼もそういう未来に行くことになるかもしれないわね」
「そうかもしれないね」
「あなたは、どうするの?」
エルザの真剣な目がセツトを射貫いた。
セツトが何かアクションを起こすのを信じている目だ。何を躊躇っているのか、と咎められているような気もする。
「……」
とっさに答えられず、セツトは紅茶を飲んで間を取った。
何をしたいだろう。何ができるかではなく、それを考えて、セツトは答えを出した。
「選択肢の一つを示すことくらいはできると思うよ」
その答えに、エルザは嬉しそうにティーカップを手に取った。




