2-19 密談
サリアフェ大侯爵邸の訓練室で、フレッドが一心に槍を振るっていた。
「よう」
そのフレッドにグスタフが声をかけた。
フレッドはチラリとグスタフを見て、手を止めた。
「どうしました?」
「若の様子はどうだ?」
フレッドは首を左右に振った。
「そうか、まだ部屋から出てこられないか」
戦いが終わり領都に戻ってくるまでは、ディートリヒはカーマイン伯爵や配下の貴族たちと精力的に協議をしていた。
領都に戻ってくるまでの4日間の間で当面の方針を取りまとめてしまったのである。
そして巡察使レオンハルトが帝都に出発するのを見送り、緊急で行うべきことをすべて済ませた後、ディートリヒは部屋にこもってしまった。
「メイドの話では、食事は召し上がるらしい」
「そうか。早く立ち直っていただきたいものだが」
「そうだな。そちらはどうだ?」
これは破壊されたロクシアスの修復の目途を聞く質問だ。
「技師には見てもらっているが、技師もお手上げだそうだ。何しろ動力炉が吹っ飛んでコックピットも半壊状態だ。
技師が言うには、自己修復機能があるそうなんだが、動力炉のせいかコックピットのせいか、それも働いてないらしい」
「修復は難しいということか……」
二人はともに渋面を作った。
「ロクシアスが修復できないとなると、大侯爵領はどうなることか」
頭を悩ませても、彼らには帝都でどのような話が繰り広げられているか、知る由もなかった。
「帝都の設備と技師であれば手があるかもしれん。アルハーン公からの知らせを待とう」
結局、現在彼らの手で何かできることはない。二人はそう話し合い、槍の稽古に励むことにした。
その帝都では、グスタフとフレッドが頼みにしているアルハーン公が配下であるレイズ侯爵を自宅に呼んでいた。
彼らは家族を交えての食事会を楽しんだのち、書斎で2人きりになっていた。
「一本どうだね」
アルハーン公爵が箱入りの葉巻を差し出した。レイズ侯爵は恭しくその中の一本を手に取った。
「頂戴いたします」
「それと、これだ。ボウモーンの30年、卿のお気に入りだったな」
アルハーン公は自ら棚に並ぶ蒸留酒の中から瓶を一つとると、グラスに3分の1ほど注ぎ入れ、レイズ侯爵に差し出した。
「よく覚えておいでで。ありがとうございます」
レイズ侯爵は遠慮することなくそれを受け取った。アルハーン公爵は自分用にも葉巻と酒を用意し、火をつけた。
2本の紫煙が立ち上った。
「さて、ようやく本題に入れるな」
アルハーン公爵の言葉にレイズ侯爵は頷いた。大事な話をするときに本題まで時間をかけるのはアルハーン公爵の常だ。
「サリアフェ大侯爵領のことでございますね」
「うん。対応を決める会議があってな、卿に行ってもらうことになった」
レイズ侯爵は顔に喜色を浮かべた。レガリア・ロクシアスが破壊されたと聞いた時から、レガリアを持つ誰かが行くことになるだろうと思っていた。そのままうまくすれば、サリアフェ大侯爵に代わって大侯爵位を得る可能性もある重要な役目だ。
「喜ぶのは早い。残念ながら、グラーツ大公の手のものと共同で派遣することになる」
「グラーツ大公。改革派ですね」
「うん。どうもこの件、中立派が妙にしゃしゃり出てきている。連中が余計なことをしたせいで改革派に譲る羽目になってしまった」
中立派は本来積極的に動くような派閥ではない。レイズ侯爵はうなった。
「うぅむ。そういえば、巡察使の派遣も中立派、テーセウ公の働きかけでした。何か特別な事情があるのでしょうか」
「わからんが、そうかもしれん。調べさせてはいるがまだ始めたばかりだ。それは追々のこととして、まずは大侯爵領だ」
「そうですね。共同というと、具体的にはどのように?」
「一緒に活動して下手に調整するよりも、互いに担当エリアを決めた方がよかろうということで話をつけた。どこを我々が持つかは現在調整している」
「ではそのエリアの掌握が私の仕事ですか。一つくらい多めにいただいても?」
アルハーン公爵は首を振った。
「テーセウ公の考えがわからん。今回は荒らさない方がいいだろう。それと、ロクシアス撃墜の経緯も調べるのだ。超遠距離からの狙撃とのことだが、何かなければそんなものに当たるはずがない」
「分かりました。それで、サリアフェ大侯爵には確か子がいたと思いますが、その後についてはどのように?」
「ロクシアスの状況次第だ。自己修復機能が生きていて修復されるならよし。そうでなければ修復は不可能だ。我々の技術力では手も足も出んからな」
「その時は……?」
うれしそうな顔にならないよう気を付けながら、レイズ侯爵は尋ねた。
「当然、レガリアのない家に侯爵位は与えられぬ。誰か適当な者を新しく大侯爵に昇爵することになろう」
人類連邦。
それは星間航行技術を得て人類統一のための侵攻を開始した帝国に対抗すべく諸国が集まって構築された国家である。
よく言えば共通の敵に対する団結。悪く言えば寄せ集め。それが人類連邦という国家であった。
「あー、中佐、ちょっといいですかね」
不意に呼び止められて、アルテア・ヴァレリィ人類連邦宇宙軍中佐は足を止め振り返った。まさにゴールドといった色味の豪華な金髪が波打ち、意志の強そうな青い瞳が、彼女に敬礼するその男を捉えた。
男の右手には手袋がはめられているが、軍服の袖との隙間から金属質のものが覗いている。義手であった。研究室からほとんど出てこないことで有名な技術士官の男である。
アルテアは返礼した。
「クロイツ技術少佐、貴官が研究室の外にいるとは珍しいな」
「私だって、用事があるときくらい研究室から出ますよ」
「ほぅ」
アルテアは意外そうな顔をした。
「まさか私に用事だというのか、引きこもり技術狂殿」
そうでなければクロイツがわざわざ誰かを呼び止めるはずがない。アルテアはクロイツを揶揄した呼び名を使った。
「えぇ、そうですよ獅子姫様」
クロイツも渾名で応戦してきた。
「なら早く言え」
アルテアは急かした。これは彼女がクロイツを嫌っているとかではなく、単にせっかちな彼女の性分によるものである。
「ご存知ですか、帝国でレガリアが落ちたそうで」
「ほう、誰が落とした?」
「さぁ。そこまでの情報は入ってきていないのです。で、私を現場に連れてってくれませんかね。サリアフェ大侯爵領なのですが」
「敵地ど真ん中だな」
「えぇ、ですので中佐にしか頼めませんので」
「ふむ」
アルテアはしばし自身の今後の予定を検討した。クロイツの頼み事に付き合っても支障がでる予定はなさそうだ。そうだとしてクロイツのお願いに応じるかだが、この研究の虫、出不精男が行きたいというからにはそれだけのものがあるのだろう。
「それだけの価値があると?」
「うまくいけば、ですがね」
「いいだろう、明日出港できるな?」
「はい、感謝します」
クロイツとアルテアは、敬礼を交わし合って別れた。
翌日、アルテア・ヴァレリィ中佐が指揮する偽装商船<バトラズ>は停泊していた中立国の宇宙港を出発した。目的地は帝国、サリアフェ大侯爵領である。




