2-18 派閥
『かくて、サリアフェ大侯爵領の反乱は、終結した。
サリアフェ解放戦線の指導者カーマイン伯爵とサリアフェ大侯爵令息は、互いに戦闘行為を行わず領内の治安維持を優先するものとし、大侯爵位及び同領地の処遇については帝国本国の判断にゆだねることを合意した。
サリアフェ大侯爵の戦死は、諸方面に重大な影響を及ぼしうるものと考える。
直近の問題のうち最大のものは、対人類連邦の押さえの一つが弱体化したという事実である。大侯爵及び大侯爵のレガリアの存在は、人類連邦の侵攻を防ぐ重要な要素であった。この問題に対抗するためには速やかに本国より戦力を派遣し人類連邦の蠢動を防止することが必要である。
将来の問題としては、大侯爵位の処遇をどうするかがある。爵位の継承者はいるものの、要地の指揮官として心もとない部分があり、また戦死の経緯からして大侯爵領将兵の信を得られるか疑問が残ることを指摘せざるを得ない。大侯爵領は帝国の国防の要であるため、慎重な判断を要するであろう。』
レオンハルトが作成した報告書の末尾はそう締めくくられていた。
すべてを読み終えて、テーセウ公爵は目を閉じてため息をついた。
「まさか、サリアフェ大侯爵が亡くなられ、レガリアまで失われるとは……」
その報告書を提出した当の本人は、公爵の目の前で悠々と紅茶をたしなんでいた。
「念のため言っておきますけど、僕は何もしてないですからね」
公爵に対してレガリアなど不要と言ってのけているレオンハルトは無罪を主張した。
「お前が戦場にいたのなら疑うところだが、領都にいたのではさすがにな」
レオンハルトの報告書だけでなく、添えられた資料から推測できる戦死の状況から、侯爵としてもレオンハルトが直接関与したとは思わなかった。
「戦場にいたって僕では手が出ないですよ」
「お前は悪知恵が利く」
父親にすらそう言われて、レオンハルトは肩をすくめた。
「それで、この報告書を私に見せたからには、なにかお願いがあるのだろう?」
「さすが父上。もちろんこの後のことで父上に動いていただきたくてですね」
レオンハルトとテーセウ公爵は密談を続けた。
サリアフェ大侯爵領の巡察報告が皇帝陛下に奏上されその内容が明らかになった時、帝国の中枢は大わらわとなった。
大侯爵の戦死、そしてレガリアの喪失。帝国の歴史を振り返ってもほとんどない大事件である。
それだけに今後の方策を決める会議は荒れた。
「すぐに軍を派遣すべきです。人類連邦がこのことを知れば侵攻計画の発動すらありえる。先回りして防衛に穴がないことを示してみせなければなりますまい。どうであろう、本件はアルバス伯の監査がきっかけと言えなくもない、ここはテーセウ公にその責任を取っていただき戦力を派遣していただいてはどうだろうか」
口火を切ったのは、中立派に属するノーマン侯爵であった。
「責任というが、テーセウ公の軍備は敵地を攻めるために備えられたものだ、領地防衛には向かないだろう。亡きサリアフェ大侯爵は私の大切な友人だった。どうか私にその任を委ねてもらえないだろうか」
そう主張したのは積極派アルハーン公爵だ。
「アルハーン公どの、貴殿の領地はサリアフェ大侯爵領とも近い。近い場所から兵を抜いては防衛ライン全体が薄くなってしまうというものでござろう。しかしテーセウ公の軍では、巡察使を務めたアルバス泊との関係でよからぬ噂が立たぬとも限りませぬ。テーセウ公の名誉のためにも避けた方がよい。ここは帝都周辺に領地のあるグラーツ大公にお願いしてはどうか」
それに対し異論を唱えたのは、改革派ウルディネ侯爵である。彼が推すグラーツ大公爵はもちろん同じ改革派に属する貴族である。
こうして各派閥がそれぞれ自派閥の軍を推す事態となった。
積極派と改革派が主張しあうのを見て、ノーマン侯爵は発言の数を減らした。真っ先に主張はしたが、こうなっては中立派としてごり押しをするべきではない。それが中立派の道というものである。
アルハーン公爵もウルディネ侯爵も、論戦を一歩も引かない。
互いに自らの派閥の貴族が最も適切だと主張しあう泥仕合である。
会議は一旦休憩となった。
休憩のために控え室に戻ったウルディネ侯爵は、紅茶が淹れられるのを待つ間もなく来客を迎えねばならなかった。
会議が紛糾する原因を作った張本人、ノーマン侯爵である。
ノーマン侯爵は、帝国貴族には珍しく、筋肉より脂肪の方が多い肥満体型の男であった。陰では“タヌキ侯爵”とあだ名されているが、それはその体型と同時に、駆け引きに長け腹芸を得意とするスタイルにも由来している。
「やられましたぞ、ノーマン侯。まさかまっさきに中立派が派遣を主張されるとは。あれでは我々も座して積極派に任せることが出来ないではありませんか。会議を踊らせて何をお考えなのです?」
ウルディネ侯爵はまず苦言を呈した。
中立派の提案を否定した積極派の案をそのまま通してしまえば積極派の発言力が強まることにつながる。改革派としては積極派の発言力強化は防がねばならない。ノーマン侯爵がまず提案をしてしまったからこそ、改革派も自派閥での覇権を主張せざるを得なくなってしまった。
「驚かせて申し訳ない。しかし我々としても、サリアフェ大侯爵領がそのまま積極派の勢力圏として維持されるのは良く思っておりませんので」
「だが大侯爵は元々積極派でしょう」
だからこそ最初は譲っても構わないと考えていたのである。
「ま、それはそうなのですが。ただこうなってしまったのはそもそもサリアフェ大侯の身から出た錆というもの、それをそのまま積極派に委ねては必罰がなりませぬ」
「それはそうだが積極派も譲れまい」
「えぇ、そうでしょうな」
ウルディネ侯爵はため息をついてみせた。
「当然、落とし所の案はおありで?」
お前がややこしくしたんだからちゃんと始末を付けろ、ということである。
ノーマン侯爵はゆっくりと頷いた。
「積極派と改革派で半々の派遣としていただきたい」
「なるほど」
分かりやすく互いの主張の中央で譲れということだ。
「大侯爵領を二つに分けるつもりか」
「左様」
この戦力派遣は、ただ派遣して終わりになるものではない。その後の大侯爵領をどうするかという問題に密接に絡んでいる。
「分けてしまって国境の防備に問題は出ないかね?」
領地を分ければ戦力は分散される。有事の際の即応力が落ちることが懸念されるところだ。帝国として対人類連邦戦で支障が出ることは最大限避けねばならないことだ。
「全く出ないとは言えないが、大侯爵領2つとなればレガリア2機だ。連携を保てるような人選をしてもらえば、数の面ではともかく、質の面で連邦が甘く見ることはないでしょう」
「ふむ」
ウルディネ侯爵はノーマン侯爵の提案を頭の奥で吟味した。
改革派として、積極派の勢力圏を削れるのであれば文句はなくメリットしかない。防衛という面でもノーマン侯爵の考えに基づいて人選をすれば当面問題になることはなさそうに思えた。
「積極派がその案に応じますかな?」
積極派もその案を呑むのならそれでも構わない、ウルディネ侯爵はその判断を言外ににじませて聞いた。
「そもそも大侯爵の、ひいては積極派の自業自得、応じさせましょう」
「ならば任せましたぞ」
互いの派閥が譲れないときに上手く折衷するための中立派である。ウルディネ侯爵はノーマン侯爵の手腕に期待することとした。
「もちろんですとも」
ノーマン侯爵は応じて部屋から出て行った。おそらくこれからアルハーン公爵のところへ行くのだろう。
会議が再開されて冒頭、発言したのはノーマン侯爵であった。
「それぞれ推薦する人物があり、それぞれ適切と考えられるだけの根拠もお持ちのようだ。どうだろう、ここはお二方ともに戦力を派遣していただくのは」
控え室でのやりとりがなければただの暴論と排斥されるような案である。
「なるほど、異論はない。ただそうなると私自身が赴くのは格の面で適切ではないだろうな。我が軍団の中からレイズ侯爵に赴いていただくということでいいだろうか」
アルハーン公爵が賛意を示した。人選まで示して、これで会議はまとまったようなものである。
「なるほど、そういうことであればグラーツ大公に人選をお願いして派遣していただきましょう」
「お二方の英断に感謝を。それでは陛下への奏上は私の方でとりまとめましょう」




