2-13 英雄願望
「大侯爵のレガリアが来ますわ」
エルザがキティとセツトをディナーに誘い開催されている食事会の最中、エルザがそんなことを言い出した。
ちょうど、ディナーのメイン料理であるローストポークが運ばれてきたところであった。
「大侯爵が?」
疑問を挟んだのはセツトである。
「えぇ、先日の基地襲撃の際に、パルテノス宛で暗号通信がありましたの。この後大侯爵のレガリアがそちらを襲いに行くから気をつけろ、と」
「この後っていつくらいかしら?」
キティは海賊というイメージに反してナイフとフォークを綺麗に使ってポークを切り分けていた。出自故だろう、テーブルマナーをちゃんとすべき時にはちゃんとできていた。
「分かりません。大侯爵が基地にいれば出てきたでしょうから、基地ではなく領都の方にいるのではないでしょうか」
「そうね。本当だとすると、今私たちが向かっている反乱軍の根拠地が危険ということになるわね。というか本当に来るの?」
「お兄様が行くと言ったら必ず来ますわ。おそらくお兄様でも止められそうにないと見たのでしょう」
エルザは100%の信頼をレオンハルトに寄せていた。
エルザはそのレオンハルトこそが大侯爵を焚き付けたことを知らない。
「なるほど。いいわ、その前提でいきましょう。それで、その大侯爵のレガリアについての情報はあるんでしょうね?」
敵機の性能が分かれば対策が立てられる。キティの問いかけは当然のものだ。
「残念ながら、ありませんわ」
「大貴族のくせに使えないわね」
「大貴族だって当然知らないこともございますわよ」
セツトは心の中でため息をついた。最近、この2人は何かあるとけんか腰になる。しかもなだめ方に失敗すると悪化するのである。互いを嫌っているわけではないようなのだが。
だが、先日セツトはダスティによって素晴らしい解決策を得たのだ。
「情報が分からないのは仕方ないとして、僕たちがどう行動するか、ですね。戦うのか逃げるのかの2択でしょうか。3つめの選択肢はありますかね?」
すなわち、にらみ合いを無視して話を進める、である。意外とこれが効く。本気のいがみ合いではないからだろう。猫同士がじゃれて喧嘩しているようなものだ。
「ふむ」「そうですわね……」
キティとエルザがそれぞれ考え込んだ。
「大侯爵が出てこないように工作する……ないわね」「和睦の類いも、無理そうですわね」
ぽつりぽつりとアイデアのようなものが呟かれるが、すぐに選択肢にならないと消されていく。
「よし、2択でいきましょう。あたしとしては逃げたいところだわ」
「おかしら、ただ反乱軍が潰されてしまうと作戦の目的が達成できないことになってしまうかと思います」
エルザが頷いた。
「反乱が収束すれば本国が大侯爵を咎める理由が解決したと見られてしまいますわ。逃げるにしても反乱が継続しているといえるような形にはしないといけません」
「そうか。解放戦線のリーダーかその後継者となるような人物は連れて逃げないと作戦失敗ということになるわね」
「私としては、彼らを作戦に組み込んだ責任として、ギリギリまで解放戦線を助ける方針を取りたいところですわ。」
「つまり、彼らがどちらかを選んでも反乱の芽を残すように頑張る、ということかしら」
解放戦線が逃げることを選ぶなら<黒銀の栄光>もそれを手伝って逃げるだけだから大きな方向性としては変わらないことになる。
「えぇ、いかがでしょうか? 撤退のタイミングはキティが決めて構いませんわ」
キティはしばし頭の中で検討をした。
「出来れば逃げる方を選んでもらいたいところだけど、あたしたちが生き残れる範囲でがんばるのは賛成だわ。ただ最悪の場合は、あたしたちだけでも逃げるわよ」
「やむを得ません。その時は作戦失敗ですわ」
「決まりね。逃げる判断はあたしに任せてもらう。じゃあ戦う場合だけど、大侯爵のレガリアの性能が分からない以上、相手はセツトに頼むしかないわね」
「はい。パルテノスは出せないのでしょ?」
「えぇ。公爵家のレガリアと知られている可能性がありますので」
「1対1か……」
セツトは腕を組んだ。パルテノス相手のように最悪の相性でなければ良いが。
「なにか戦い方の幅を広げるような工夫をした方がいいかもしれないな」
ただ剣を飛ばして斬るだけではない他の戦い方を。あとでミツキと相談してみよう、とセツトは思い腕を組んだ。
その襲撃予想の情報は、レガリアがと言う点を除いてダスティにも共有された。
「大侯爵が自ら襲撃してくる? 間違いないのですか?」
「私の兄の情報ではそうです」
「ふむ。兵力差があるときは逃げるのが我々のセオリーではありますが、討ち取れたときのメリットは計り知れないですね」
ダスティはその情報を好機とみた。
「できるのですか?」
「どれくらいの兵力でどう来るのか次第ですから今の時点ではなんとも。討ち取ったとて、その後どうするのかという問題もありますしね」
彼もそれが簡単にいくものではないことは分かっているようであった。だが同時に、可能だと判断すれば実行しそうな、そんな雰囲気もある。
意外と旺盛な戦意にエルザは少し困った。大侯爵が討ち取られるような事態まで求めて来たわけではないのだ。そこまで行ってしまえばこの先どうなるかが分からなくなる。
「先日の襲撃で巡察使に反乱を見せつける、という目的は達しておりますわ。無理に戦う必要もないのでは」
「それはその通りです。ただ、我々は長いこと戦い続けてきました。その間失われた命も多い。今回のことで帝国本国が乗り出し政治が改められたとて、その感情が納得するとは限りません。
理屈では分かっているのです。もはや戦わなくて良いかもしれないと。ただ、散っていった者たちに報告するためにも、戦果が欲しい気持ちもあります。私もそう感じているのです」
ダスティはエルザの目をじっと見て語った。
真摯な瞳だ。
それはダスティが意図するところではなかったが、エルザの弱点を的確に突いていた。
「大侯爵の機兵は、特別なカスタム機です。並の機兵では歯が立たないかもしれませんわよ」
レガリアというものについて秘密を守らなければならないエルザは、あえてそう説明した。公式にはレガリアは『大貴族のために特別にカスタムされた騎士鎧』なのである。
「それでも、です。敵わぬまでもせめて一槍報いたいと考えるのは、騎士として当然のことかと」
「そうですわね」
騎士道。
一言では言い表せない複雑な概念ではあるが、戦うべき時に勝ち目が薄いからと逃げることが許されるようなものではない。
臆病は最大の恥であり、勇敢さこそ最大の美徳だ。
戦場での活躍こそ騎士の華なのだ。
ダスティも本質的には騎士であった。
だが間違いなく彼らの騎士鎧でレガリアに挑むのは無謀である。
エルザでさえ並の騎士鎧に負ける気がしないのだ。もっとも、先日実家にいた際に盾なしの条件で家庭教師ハルバートと模擬戦をしたところ見事に負けてしまったのだが、エルザの癖も知っている帝国最高峰のハルバートは例外の側と考えるべきだろう。
(戦う場合には、具体的な作戦計画でどうにかした方がよさそうですわね)
無駄死にはさせたくない。そう考えるエルザだった。
「もっとも、戦うか逃げるかを決めるのは私一人ではなく、リーダーと幹部の合議です。解放戦線としてどうするか、その決定次第ですね」
ダスティが付け加えた。




